プロフェッショナル連載記事 現場取材・対談

デジタル工房や企画展示、職人による指導まで 技術者の育成施設「北九州イノベーションギャラリー」に行ってきた

日本初となる銑鋼一貫生産【※】の官営製鉄所として1901年に操業を開始し、産業の近代化に貢献した八幡製鉄所。2015年には「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産として、世界文化遺産に登録されました。

 

その潮流を汲んだのか、かつて八幡製鉄所があった福岡県北九州市には現在、産業用ロボットで有名な安川電機など多くの企業が集積しています。

 

【※】製鉄のプロセスで、原料の鉄鉱石を鋼材に仕上げる工程を一貫して行うこと

 

今回の取材で訪れたのはスペースワールド駅から徒歩約5分、八幡製鉄所跡にある「北九州イノベーションギャラリー(KIGS)」。ここは北九州の産業技術を継承し、未来への人材育成を目的とした施設です。すぐ目の前には、銑鉄(せんてつ)生産の中心を担った東田第一高炉跡があります。

 

日本のものづくりの火を灯したこの場所で、いったいどのような活動が行われているのでしょうか? meviyスタッフの進藤が現地をレポートしてきました。

 

取材に対応してくれたのは、北九州イノベーションギャラリー広報の森永昭宏さん。まずは施設を見学させていただきました。

 

北九州イノベーションギャラリーはどんな施設?

北九州イノベーションギャラリーがオープンしたのは2007年。館内にはデジタル工作体験ができる「デジタル工房」をはじめ、産業技術に関する資料や北九州のものづくり企業の情報をアーカイブしたライブラリー、イノベーションをテーマにした企画展示などがあります。

 

そのほか、技術革新の歴史がまとめられたギャラリー実際に機械を使って職人が使い方を指導する工房スペースが設置され、ものづくりについて包括的に学べる施設になっています。ここまで設備が整っている施設は、国内でも類を見ないのではないでしょうか。

 

さっそく館内を散策してみましょう。こちらのデジタル工房「KIGS Digital Fab Studio」は、一般の利用者が材料を持ち込んで自作をしたり、機材を使ったものづくり体験ワークショップを開いたりするスペースです。レーザーカッターや3Dプリンター、メタルプリンター、3Dスキャナーなど、多種多様なデジタル工作機械を取りそろえています。

 

デジタル工房は「ものづくりをもっと身近に感じてもらえたら」という思いから2年ほど前に増設したのだそう。施設内には、各ワークショップで作られたものが展示されていました。

森永さんは「若者からお年寄りまで、幅広い年齢の方に利用いただいています。家でモデリングしたものをこちらで出力するなど、趣味の活動で使われることが多いですね」と話してくれました。

 

続いては、イノベーションやデザインをテーマにした企画展示コーナーへ。取材当日は、包装の歴史と技術革新に着目した『くらしを包むパッケージ展』が開催されていました。製鉄や金属加工の展示ではなく、こんなニッチなテーマとは……。これらはすべて、館内でアイデアを出したオリジナル企画なのだそう!

 

スペース内に入ると、ダンボールで作られた巨大なコウノトリの模型がお出迎え。下のレバーを引っ張ると、コウノトリが翼を羽ばたかせる細かい遊び心が! 身近な梱包資材であるダンボールをカットし、「大切なものを大切に運ぶ」イメージを膨らませた作品に仕上げられたそうです。

 

こちらの『くらしを包むパッケージ展』は、地元企業の協力によって作り上げたもの。企画当初は準備に時間がかかって難航していましたが、北九州イノベーションギャラリー館長の鹿毛浩之さんが「絶対におもしろいからまずはやってみよう」と周りに呼びかけ、実現にこぎつけたそうです。堅苦しさを感じさせず、子どもが楽しく産業技術に親しめるキャッチーな展示だと感じました。

 

企画展示の隣にあったのは、八幡製鉄所の歴史を学ぶ展示ギャラリー。2015年に八幡製鉄所が世界遺産に登録されたことを受け、現在は明治時代の日本の産業革命遺産に関する展示を行っています。

 

壁面には1850年代から現在までの「技術革新」年表が展示されていました。歴史と聞くと思わず身構えそうですが、国内の景気を波で表して年表に落とし込むなど、視覚的にわかりやすく表現されています。

 

年表には「素材・エネルギー」「機械・生産システム」など細かく体系分けされているので、どの産業がどのように発展していったのか、それぞれのジャンルの理解が深まります。日本と世界、北九州の3つにカテゴリ分けされているのも大きな特徴です。

 

森永さんは「今までは単純に年表を書き連ねるだけでどうしても堅苦しくなり、歴史展示から遠のくことが多かったんです。そこで、きちんとデザインの要素を取り入れ、視覚的なわかりやすさを高めました」と、工夫したポイントについて話してくれました。

 

こちらはものづくりに関わる資料を集めたライブラリー。技術革新に関わる本やデザインの本など、幅広く資料が取りそろえられていました。絶版となった図書資料から企業の社史まで、あらゆるジャンルをカバーしている蔵書は驚きです。一部の資料は無料で貸し出しをしており、手前のラウンジに座って読むことができます。

 

館内のパソコンを操作すると、北九州イノベーションギャラリーが独自に調査・制作したデータベースから、北九州の企業の産業技術情報や事例集、産業技術年表、産業映画の技術やデザインに関する映像資料まで、さまざまな情報を閲覧できます。学生の企業研究や論文作成、企業側の市場調査など、あらゆるシーンで重宝しそうな資料です。

 

産業技術に関して、ここまで膨大なデジタルアーカイブを初めて目にした気がします。取材時にも学生さんたちが資料を開いて調査していたのが印象的でした。

 

※同施設のデータベースにはこちらからアクセスできます。

 

大型プロジェクターを設置したこちらのスペースは、収容人数134人のプレゼンテーションスタジオです。プレゼンターを招いた講演会はもちろん、企業の入社式を行うなど、多目的で利用されているとのことでした。

 

職人から直接の手ほどき! イノベーション工房へ

いったん館内を出て、別棟の工房スペースへ向かいました。こちらでは、金属工作体験や製造業技術者の新人研修、材料を持ち込みの加工など、さまざまな利用法に対応しています。また、実際に職人にレクチャーを受けることで、修学旅行生たちがものづくりへの知見を深めることのできるプログラムも用意されていました。

 

工房の中ですぐ耳に飛び込んできたのは、工作機械のモーター音や金属を削る音。旋盤やフライス盤、ボール盤などを揃えた金属加工室、パネルソーや木工用旋盤を備えた木材加工室、3Dモデリングマシンが設置された3D設計室、TIG・アーク・MAG溶接機を備えた溶接鉄工コーナーなど、工作に必要な設備が整えられていました。シャワー室まで用意されているので、ものづくりの合宿所としても利用できそうです。

 

工房長の村上英俊さんは1973年の「技能五輪全国大会」機械組立の部で優勝し、同年にドイツで行われた世界大会で第3位に入賞した技術の持ち主。また、北九州市がものづくりに関わる高度技術者を表彰する制度「北九州マイスター」に認定されています。まさにものづくりのザ・プロフェッショナル!

 

工房内で働いているのは「北九州マイスター」に認定された熟練の職人たち。写真は体験学習で使う部品を作っている最中でした。ものづくりの第一線で活躍した職人から直接レクチャーを受けられる貴重な機会です。

 

工房の一角には、切削や研磨によって作られたさまざまな作品が展示されていました。村上さんによると、これらは工房で働くスタッフたちが息抜きに作ったものだとか。せっかくなので、いくつか作品を見せてもらいました。

 

これは村上さんが制作した金属のパズル。ヤスリで削り出した3組の炭素鋼角ロッドが絶妙に組み合わさっています。なんと削り出しの精度は3ミクロン以内! 村上さんいわく、「0寸法だと組めないし、-5ミクロンだとバラバラに落ちてしまうので、トータル公差が2~3ミクロン必要」とのことでした。完全にぴったりだとはまらないし、少し寸法がゆるいと上手くはまらなくなってしまう。常人には踏み込めない職人技ですね。

 

こちらは旋盤でアクリルを削り出して六面体に加工し、中肉を削って入れ子構造の六面体を作成したもの。一般的に旋盤加工は丸物に使う加工法ですが、こうした角物にも使えるとは!

 

この加工は六面それぞれに均等な精度が必要とされ、かなり難しい仕事です。まさに技術の結晶。マイスターたちは、技能五輪全国大会の指導員もしているそうです。

 

「正直、仕事でここまでの技量は必要ないので、これは本当に遊びで作ったものです。とはいえ、展示されているものを見て、この機械を使ってこんなものが作れるのかと興味を持ってもらえたらうれしいですね」(村上さん)

 

工房の壁には、ものづくり体験をした子どもたちからのメッセージが飾られていました。鉄の歴史や機械の説明をただ聞いているだけではなく、実際に機械に触れて職人に教えてもらいながらの加工体験は、子どもたちにとって記憶に残る体験だったのではないでしょうか。この中から、次世代のものづくりを担う人材が現れるのかもしれません。

 

北九州はものづくりの街?

ユニークな企画展示から熟練の職人から手ほどきを受けられる工房まで、総合的に学べる環境が整えられた北九州イノベーションギャラリー。実際に訪れるまで、ここまで間口の広い施設だとは予想していませんでした。いったいどういう目的で運営されているのか、施設の狙いや取り組みについて森永さんにお話を伺っていきましょう。

 

本日はご案内いただきありがとうございました。見て楽しめる展示から職人にレクチャーしてもらうものづくり体験まで、かなり包括的にカバーされていて驚きました。こういった取り組みを始めたきっかけは何だったのでしょうか?
当初の構想では、鉄鋼を中心として栄えた北九州市の事業や歴史を紹介する「鉄鋼文明史博物館」でした。しかし、このままでは単なる啓蒙のままで終わってしまいます。そこで、展示中心の博物館からもう一歩踏み込み、北九州市が蓄積してきた「技術」「産業遺産」を活用することで、未来につながるイノベーションを生み出す人材育成を目的とした総合的な施設にシフトしていったんです。
最初はそんなに堅いイメージからスタートしていたんですね……。
このあたりは八幡製鉄所があった場所ですから、鉄鋼の展示を中心にした市の案があったのですが、それだとどうしても面白みに欠けてしまいます。そのため堅いテーマは少なめにし、常設展をほぼなくしました。日常を入り口に、より多くの事柄に興味を持ってもらえるような企画展示やデザインを工夫しています。
あえて製鉄に関しての展示を少なくしているんですね。いきなり歴史の話に入ってしまうととっつきにくくなりますが、企画展示はとても工夫されていておもしろかったです。

 

勉強の意欲があって訪れる人に限定せず、あまり歴史に興味がない人も一緒に遊んで楽しめればいいな、と。そういう意味で、技術的なものを学んで、最後は工房で実際に体験できる施設を作ったんです。また、学生や企業に向けて、技術情報やイノベーションについてまとめたライブラリーを設置し、研究機能を整備しました。
技術伝承から教育まで、しっかりと導線ができていますね。今までいろんな施設を回ってきましたが、ここまで特徴ある施設は初めてです。やはり、鉄の街として栄えた北九州という場所柄も影響しているのでしょうか?

 

確かにそれはすごく大きいかもしれませんね。北九州市は、ものづくりに関わる高度技術者を「北九州マイスター」として表彰しています。また、独創的な製品やサービスを提供する中小企業を「オンリーワン企業」に認定し、看板企業としてPRするなど、積極的にバックアップしていますから。
行政がしっかり支援してくれるのは心強いですね。
ほかにも、市の産業振興戦略の中でベンチャー企業の支援を戦略のひとつに位置づけ、日本で初めて無担保・保証料なしの「北九州スタートアップ支援貸付」という融資制度を整備しました。具体的な創業支援も行っているため、何か新しいことに挑戦する人にとって非常に風通しのいい街ではないでしょうか。「日本一起業しやすい街」なんて呼ばれたりもしています。

 

たしかに、そうしたベンチャースピリットをひしひしと感じます。こちらの施設の利用状況はいかがでしょう?
県外から修学旅行生を受け入れたり、地元の学生が研究目的で訪れたりと、利用者は増えてきていますね。ただ、施設ができて11年目になりますが、まだまだ認知度は今ひとつでしょうか。地元の人に学校帰りや会社帰りに気軽に訪れてもらいたいなと思って、営業時間を長く設定するなど工夫をしています。
なるほど。ありがとうございます。ちなみにこれまで、もっとも印象深い出来事は何でしたか?

 

定年退職者が集まって帆船模型を作るサークルがあるんですが、その方たちが館内のデジタル工房で3Dプリンターやレーザーカッターを使って模型を作っていたときは驚きましたね。どうやって学んだのか聞くと、「YouTubeで見て勉強した」なんて話してくれたりして。ものすごい時代になってきたなと思いました。
それはすごい! ある意味、伝統的な技術とITの融合ですね……。最後に、今後の展望についてお聞かせください。
より多くの学生さんや若い技術者を呼んで、もっとたくさんの技術を知ってもらいつつ、より新しい発想が生まれるのが一番です。これからは展示物をもっと増やして、みんなが興味を持ってものづくりに親しめるような環境を整えたいと考えています。来て学んで、作って、興味を持ったらより深く研究することができる環境。ここはそんな次世代のイノベーションを育てる場所でありたいと考えています。

 

まとめ

単なる歴史学習ではなく、随所に来場者の興味を引きつける工夫を展開した北九州イノベーションギャラリー。学習のあとは実際に金属に触れて、より興味を深めることができる先進的な環境が整えられていました。

 

日本の産業の発展を牽引した北九州のイノベーションマインド。この場所で開かれるイベントや集まる人々の手によって、この施設がものづくりの重要なプラットフォームになることを期待したいと思います。

 

(ノオト/神田 匠)

 

取材協力: 北九州イノベーションギャラリー(KIGS)