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失われる文化財を再現した「クローン文化財」 3Dデータと人の手で行う、東京藝大のものづくり

数百年以上前から存在し、今なお私たちを魅了し続ける芸術品や文化遺産の数々。なかにはその芸術的・歴史的な価値が認められ、「国宝」として指定されているものも少なくありません。

 

しかし、貴重な文化遺産をいくら丁寧に保存しようとしても、「作られた状態のまま」を維持し続けるのは大変なこと。長い歴史の中での紛争やテロによる破壊活動など、人の手によって貴重な文化財が失われてしまう場合もあります。

 

 

こちらは、日本の国宝に指定されている法隆寺・釈迦三尊像です。

 

 

ご覧ください、この優しい眼差しを。そして後方にそびえ立つ大光背(だいこうはい)のなんとも美しいこと。およそ1400年にわたって世間を見つめてきたお釈迦様は、平成の終わりにどのようなことを考えていらっしゃるのでしょうか……。

 

 

meviyスタッフの進藤と神田が向かった先は、東京・上野の東京藝術大学。キャンパス内にある「東京藝術大学COI拠点」の「Arts & Science LAB.」(アーツ アンド サイエンス ラボ)です。「COI」とは、文部科学省らの呼びかけでスタートした芸術と科学技術の融合を目指す、「革新的イノベーション創出プログラム」のこと。東京藝大は、そのプログラムの拠点になっています。

 

「Arts & Science LAB.」は、COI拠点の研究者たちが集まり、実制作や研究を行う、いわばCOI拠点の研究室。芸術と科学技術を掛け合わせた新しい文化的コンテンツ開発を目的に2015年に設立され、産学連携による国際科学イノベーションの拠点として運営。現在も、最新テクノロジーを用いた芸術品の解析や人の感覚を刺激する芸術体験コンテンツの制作など、さまざまな取り組みが行われています。

 

 

冒頭で紹介した釈迦三尊像は、COI拠点の文化共有研究プロジェクトの一環として制作されました。うっかり本物と間違えてしまいそうですが、オリジナルがあるのは奈良の法隆寺。東京藝大の釈迦三尊像は、現代の人の手によって新たに作られた「クローン」なのです

 

見た目がそっくりなだけでなく、実際に触ったときに本物と同じ感触を楽しめるように素材もオリジナルと同等のものを使用しています。そのため「複製」や「レプリカ」ではなく、オリジナルと全く同じDNAを持つ「クローン文化財」と名付けられました。

 

▲ 左から、工藤湖太郎さん、布山浩司さん、大石雪野さん。3人とも本来の専門は彫刻だそうです。

 

実際の制作は、東京藝術大学の研究者による入念なリサーチに基づきます。さらに芸術家の技術と経験を駆使した手作業に加え、3Dスキャナを始めとした最新技術をフル活用して行われています。

 

そもそもなぜ、こういった技術を駆使してレプリカが作られるようになったのでしょう? クローン文化財とそれを取り巻く状況について、東京藝術大学COI拠点の大石さん、布山さん、工藤さんにお話を伺いました。

 

3D技術と人の手の加工で完成するクローン文化財

 

まずは館内を案内していただきました。なんといっても目にとまるのは、冒頭で紹介した法隆寺の釈迦三尊像。オリジナルの像をスキャン・3Dプリントした原型から鋳型を作成し、鋳造されたものをさらに細かく加工することで完成しました。

 

制作の工程をもう少し詳しく説明してみましょう。

 

1. 東京藝術大学のスタッフが像を3D計測し、データ解析&モデリング
2. 編集したデータを3Dプリンターで出力し、鋳型の原型を造形
3. 高岡銅器の職人が、3Dプリントされた像をもとに鋳型を作成
4. ロストワックス型鋳造法およびガス型鋳造法を用いて、高岡で像を鋳造
5. 東京藝術大学で、3D積層痕の除去や古色付けなどにより像の表面を仕上げる

 

東京藝術大学の関係者以外にも、多くの職人が制作に携わった釈迦三尊像。本像と脇侍、大光背の鋳造は高岡銅器の鋳物職人が、台座とその周囲に施された木彫は井波彫刻の彫刻家が担当し、日本の伝統工芸職人によるコラボが実現しました。高岡銅器と井波彫刻は、いずれも経済産業省から「伝統的工芸品」の指定を受けています。

 

 

その隣にあるのが、アフガニスタンの文化遺産「バーミヤン東大仏天井壁画」です。オリジナルはすでに破壊されてしまったため、この世に存在しません。

 

しかし、破壊前に収集されていた壁画の写真と現存する3Dデータを照らし合わせ、オリジナルを復元したクローンが制作されました。工藤さんによれば、実際にこれを観た現地の人が「まるで母国に帰ってきたようだ」という感想を漏らしたそうです。

 

 

こちらは壁画ごと再現した中国・敦煌の莫高窟(ばっこうくつ)第57窟のクローン。現存はするものの、文化財保護のために人の立ち入りが制限されています。そこで、より多くの人に文化財を見て・知ってもらうことを目的に、洞窟内の壁画と仏像のクローンを制作。展覧会で公開された時は4面を囲う壁画のクローンを制作し、洞窟そのものを体験できるよう空間の再現を試みました。

 

 

壁画の表面は、和紙を貼り付けたり実際に敦煌から取り寄せた土を塗りつけたりすることで、オリジナルと同じ質感になるよう作り上げたもの。さらに人の手によって、壁についた傷や汚れの加工を施し、より原物に近い手触りを再現しています。

 

「莫高窟は、清の時代に一度修復が入っているのですが、これが本来の姿がわからなくなるくらいの酷い修復作業でした。それに加え、過去に欧米諸国からの探検隊がこぞって仏像を自国に持ち帰ってしまったため、良い彫刻が残っていません。クローンは現在2体ですが、将来的には7体の像が収まる予定です。当時の彫刻を研究している彫刻家の方に習いながら、彫刻の原型を3Dデータで作成しています」(大石さん)

 

人の手による作業を支えるテクノロジーたち

 

展示してあるクローン文化財をひととおり見たあとは、実際に制作を行っている施設内の現場を見学しました。

 

 

こちらは7軸のロボットアーム(ファナック製)です。3Dモデリングした像を切削するときに使用されています。その横にある発泡スチロールの彫像は、2体目となる釈迦三尊像の試作品。

 

 

素材として使われることの多い発泡スチロールは、軽くて加工しやすいのが特徴で、美術制作に携わる人々の間ではとても身近な素材です。ちなみにこちらは頭の部分が割れてしまった失敗作。たしかに、仏像の頭部は切削が細かくて苦労しそう……。

 

 

その脇に3Dプリンターを発見。小型の3Dデータの出力は、主にこちらのプリンターを使っています。

 

 

これは、法隆寺釈迦三尊像の大光背を0.28倍にしてプリントしたもの。

 

釈迦三尊像の大光背のような大きなものを3Dプリンターで出力すると、本来の形からゆがんでしまうことがあるんですよ。一方、小さいサイズであればゆがみもなく、正確な形で出力することができます。そこで、3Dプリンターで出力した大きなものと小さなものを見比べることで、大きな方のカーブのかかり方がちょっとずれているとか、片方だけを見ていたのでは見落としてしまう違和感に気づくことができるんです。そこを見落とさないのが、自分たちのような彫刻をやっている人間が身に付けている、模刻(※)の技術が活きるところですね」(工藤さん)

 

※ 模刻(もこく):仏像などオリジナルの美術品を写して、複製を作ること。

 

ほかにも、細かい手作業が前提となる部分では、3Dプリントの時点ではあえてゆるく出すなど、ロボットと人の手それぞれの特性を踏まえて作業を行っています。

 

3Dスキャナーとプリンターなど最新のテクノロジーと、東京藝大に所属する研究者・アーティストたちの手作業によるアプローチ。クローン文化財は、こういったデジタルとアナログの両輪によって制作されているのです。

 

クローン文化財は、テロに対するカウンターになる

▲ 20年以上前から3DCGを扱っているという布山さん(左)。大石さんは自身の作品制作で3Dを使ったのが最初で、法隆寺釈迦三尊像プロジェクトには途中参加とのこと。

 

本日はありがとうございました! まずは、そもそもクローン文化財の活動はどういった経緯でスタートしたのか、教えていただけますか?

先ほどのバーミヤンの壁画も含め、世界にはテロで破壊されたり海外へ持ち去られたりした文化財が数多くあります。それを復元して人の目に触れる機会を増やすだけで、文化の喪失に対して抗う術になる、という考えが活動のベースです。COI拠点のリーダーを務める宮廻(みやさこ)名誉教授は、「文化財の保存は、テロリズムに対する非暴力での戦い方で、カウンターパンチである」と言っています。

 

▲ 工藤さんは、プロジェクト初期からのメンバー。かつては粘土や木、漆を使った彫刻制作を行っていたそうです。

同じように、なかなか人の目に触れさせることができない文化財を世に出すというのも、我々の活動目的の一つです。文化財をたくさんの人に観てもらうために長期間公開していると、光や外気に触れる時間が長くなり、じわじわと損傷が進んでしまいます。でも同じものがもう1点あれば、オリジナルを保管してクローンをたくさんの人に観てもらうことができますよね。

法隆寺釈迦三尊像の制作作業では、どういった部分で苦労されたのでしょうか?

文化財の3Dスキャンは基本的には精度の高い、非接触のスキャナーを使うのですが、この時点でいくつかの制約があります。

 

▲ 実際に作業で使われている3Dスキャナー。

スキャナーは、対象物に近づけば近づくほど高精細なデータが取れます。でも作品によっては精度の高いデータが取れるほど近くまで立ち入れないものがあり、その場合は少し遠くからスキャンすることになります。他にも黒いものや光沢のあるもの、内側に入り組んだものはスキャンに不向きです。また、細部の再現にこだわって過度に高精細なスキャンを行ってしまうと、今度はデータ容量が大きくなりすぎてパソコンで処理できなくなってしまいます。

なるほど、対象となる文化財に適した方法で3Dスキャンを行うんですね。

そうです。そもそも次の工程で手作業による細かい調整をするなら、スキャンの時点で高精細なデータを取る必要はありません。必ずしもデータが細かければ細かいほど良い、というわけではないのです。

 

データの癖を読み取って、モデリングしていく

パソコンの取り込んだデータは、どうやって編集していくのでしょう?

例えば、様々な要因があってスキャンの時点でデータが取れていない部分は、自分たちで想像・補完していかなければいけません。ホコリが積もっている場所はデータ上でそれを除去していくし、入り組んでいてスキャンできなかった部分は、そこが角ばっているのかゆるやかにカーブしているのか、一つひとつ考えていきます。文化財のデータを編集するときはかなり慎重になります。

 

3Dデータは、あくまでも「データ」なんです。彫刻をやっていると、木なら木、鉄なら鉄の特性にあった「その素材だからこそ生まれる形」がわかってきます。しかし、これがデータになると、すべてが数値化された「3Dの形」になってしまう。文化財の3Dデータを見るときは、オリジナルの素材を考慮して、この素材ならこの道具を使って加工されたはずだ、この道具を使っているのならこの部分の断面はこうなるはずだ、といった考え方ですね。

なるほど、3Dデータだと「直径何ミリ」のように全てを数字で表しますが、美術品にはそれに収まらない要素がある、と。皆さんの身体に染み付いた感覚があるからこそできるやり方ですね。

例えるなら、書道家の筆跡のかすれ一つひとつを自分たちの手で再現していく作業みたいなものでしょうか。しゅっと、筆で線を一本書いたときの筆跡は、線をだんだん細くしていくことはできても、筆の勢いをデータで再現することはできませんから。

オリジナルは作家が感覚でやっていて、もちろん偶然で生まれた要素もあると思います。それをどこまで再現できるのか。これに頭を悩ませながら編集しています。

 

実はオリジナルより本来の形に近い、クローン釈迦三尊像

クローンをオリジナルに近づけていくために、どのような工夫をされているのでしょうか?

例えば先ほどの釈迦三尊像は、現存しているオリジナルと異なる点がいくつかあります

えっ? そうなんですか?

 

オリジナルと意図的に変えている部分が3カ所あります。まずは、本像の螺髪(頭についている凹凸)。次に、本像の左右にいる脇侍の配置。そしてクローンには、本像の後ろにある大光背の周囲に、オリジナルには存在しない飛天(天人と、それがついているヒモのような部分)をつけました。

そのアレンジには、一体どういった意図があるのでしょうか?

そもそも今見ることのできる釈迦三尊像は、作られた当時の姿とは変わってしまっています。そこでクローンの作成にあたって、現存するオリジナルをそっくりそのまま作り直すのではなく、オリジナルでは見ることができなくなった、より制作された当時に近い姿を再現できないかと考えました。

法隆寺釈迦三尊像には、損傷と修復の跡や修復作業のなかで誤って手を加えてしまった部分があるんです。螺髪は前方の螺髪が取れてしまった際、後頭部の螺髪を前方に移植した跡があります。また、脇侍は何らかの理由で左右が逆に配されてしまったのではないかと言われていたので元の位置に戻し、飛天は同時代の作品などを参照しながら新たに3Dデータで作成して取り付けました。

 

▲ オリジナルには現存しない、クローンにのみ取り付けられている飛天。

同時代の作例や研究者の文献を参照しながら、ここは本来こうだったのでは?と元の姿を推定していきます。日本美術の先生にアドバイスを受けたこともありました。日本トップクラスの専門家へすぐ相談できるのは、東京藝大ならではですね。

なるほど、そこで研究機関としての強みが生きるわけですね。

 

どんなに機械が発展しても、人の手による作業は無くならない

3Dデータを取り扱うようになって、文化財保存の活動にはどのような変化があったのでしょうか?

まずは、圧倒的に作業が早くなったと言われていますね。かつては、文化財の複製をおこなうにも、全ての工程で人の感覚を働かせないといけないので、それだけの労力と手間がかかっていました。しかし、今なら大まかな部分、全工程の7〜8割を3Dデータに預けることができます。

それは人の手による作業がかなりシンプルになった、ということですか?

むしろ、大きな作業を機械に預けられる分、残りの3割に力を注いでいこうという考え方ですね。ただ、そこが手離れしたからといって楽になったわけではなく、もっと本質的な部分に注力できるようになりました。

 

▲ 現在制作中の、3Dプリンタで出力した釈迦三尊像・脇侍の原型

今後、テクノロジーのさらなる発展によって、より高精細のデータが出力できるようになる可能性は十分にあります。ただ、私たちの考え方で共通しているのは「3Dデータはツールの一つでしかない」ということなんですよ。

それはつまり、どういうことでしょう?

オリジナルの文化財は、デジタルで分析できる精度をさらに超えた場所に「ある」んです。どんなに細かくスキャンしても、それを上回る細かさで、様々な要素が詰まっている。デジタルを使用した再現度がいくら上がっても、人の手で作られたものを最終的に人の手で仕上げるのはこれからも変わらないと思います。

 

クローン文化財にも、制作者の魂が宿る……?

これから先、クローン文化財の活動はどのように広がっていくと思いますか?

文化財を複製するという作業自体は昔からあって、むしろ複製品でも素晴らしいものは美術館に展示されているケースもあるくらいです。作品によっては、模写にもかかわらず一つの作品として尊重されていて、劣化したら修復されることもある。これはもう、オリジナルの作品とはまた別の、一つのオリジナルなんですよね。

クローン文化財の法隆寺釈迦三尊像はオリジナルと同等の素材を使っているので、オリジナルと同様にこれから先1000年は残るはずです。像を制作するにあたっては、藝大の人間だけでなくこれだけ多くの職人が関わっています。そんな私たちの念が集まって、1000年後にはクローンの釈迦三尊像にもオリジナルと同様に、何かしらの魂のようなものが宿る……と、私は信じたいですね。

今回の取材では、3D技術がこうした文化財保存にも使われていることを知ることができ、たいへん興味深かったです。本日はありがとうございました!

 

まとめ

 

製造業を営む企業だけでなく、研究機関および大学でも活用されるようになった3D技術。しかし、デジタルの技術がいくら便利になっても、芸術家や職人による「手の作業」は欠かせないものなんですね。

 

国の歴史を象徴するものでありながら、人の心の拠り所ともなる世界中の文化財。今回の取材ではそれらを保護し、かつ多くの人に届けていく、東京藝術大学COI拠点の皆さまのものづくりにかける想いに触れることができました。世界中の文化的活動の新たな突破口となる3D技術を、meviyブログはこれからも追いかけていきます。

 

(ノオト/伊藤 駿)

 

取材協力 東京藝術大学COI拠点 Arts & Science LAB.

 

●3次元設計ソリューションサービス「meviy」

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