前回はボールネジを使用した搬送装置で、「搬送姿勢が変わった(変化する)」という場合を考えました。
今回は、ボールネジを使用した搬送装置で、「今すぐ搬送速度を速くしたい」という場合の注意点を考えてみましょう。特に、ボールネジの危険速度(危険回転数)に注目してご説明します。
第8回の「搬送速度を2倍にしたい!」では、設計検討をして「ボールネジのリードを変更する」という解決策を導き出しました。
第10回では「今、搬送速度を速くしたい!とにかく生産量を増やさなければ!」というお客様の要望に対して“どう答えるのか?”を取り上げたいと思います。
【図1】はシリーズ第7回までの間に設計した搬送装置ユニットです。
今回も第8回と同じく、具体的な課題として「X軸の移動速度を2倍にしたい」ということを考えてみたいと思います。では、必要事項を振り返っておきます。
【表1】装置基本仕様
装置名称 | ピックアンドプレースユニット | |
搬送対象 | ガラス | Φ63.5×Φ19.05×t1.0 W=0.008kg |
搬送速度 | X,Y共 | 250mm/s |
走行ストローク | X | 680㎜ |
Y | 210㎜ | |
Z | 20mm | |
位置決め精度 | X,Y共 | ±0.05mm/500mm |
- 負荷質量(搬送質量) :11.1㎏
- ボールネジ :BSS1505-900(ミスミ)
ネジ径15㎜ 長さ900㎜ リード5㎜ - カップリング :CPDW32-10-11(ミスミ)
許容トルク=2.5 N・m
許容回転数=19000 pm
慣性モーメント=0.096 ×10-4 kg・m2 - モーター :ACサーボモーター(200W , 3000min-1)
定格トルク=0.637N・m
最大トルク=2.23 N・m
モーター慣性モーメント=0.259×10-4 kg・m2
モーター許容慣性モーメント比=15倍以下
目次
1.危険速度はなぜ計算しないといけないのか?
長い軸を回転させるとどうなるでしょうか?
「真っ直ぐな軸ですから、クルクル回ります!」と思うかもしれませんが、そもそも完全に真っ直ぐな軸などありません。
低速で回転している間はクルクルと回りますが、回転速度を速くしていくと唸りが発生し、ある一定の回転数で運転を続けると軸はやがて破損してしまいます。
この回転数を固有振動数(共振周波数、共振点)や危険速度(危険回転数)といいます。
イメージとしてブランコを考えてみると良いと思います。ブランコは小さい時に遊んだ方も多いと思います。揺れを大きくするのにどのように漕いだが思い出してください。
ブランコの揺れを大きくするためには、揺れに合わせて漕ぐと揺れが大きくなります。揺れに合わせず漕いでも揺れは大きくなりませんね。
また、揺れの周期は大きく揺れても小さく揺れてもそんなに大きくは変わりません。これらが固有振動数の特徴です。
この危険回転数(固有振動数)は回転物や振動する物体(ばね、振り子、波)全てに存在します。
複雑な装置は手計算では求められませんが、回転軸などは手計算で計算できますので、設計する際は必ず確認しておきましょう。
2. 危険速度を計算する前にボールネジの支持方式を確認する
軸の長さが同じでも支持方式により危険速度の値や回転時における軸の曲げ剛性が変化します。
ボールネジの支持方式には、【表2】の3通りがよく使用されます。この中でも一番使用されるのが固定 - 支持方式です。
モーター側を固定とし、反対側を支持にします。これにより、ボールネジが運転時の摩擦熱で膨張してもネジ軸の伸びを支持側のベアリングが移動することで吸収できます。
【表2】ボールネジの支持方式
支持方式 | 取付方法 | 適用例 |
固定 - 支持 | 一般的な取付方法 中速回転~高速回転 中精度~高精度 |
|
固定 - 固定 | 中速回転 高精度 |
|
固定 - 自由 | 低速回転 軸長が短い場合 中精度 |
※MISUMI(総合Webカタログ) 技術資料より(「ねじ軸の取付方法」を参照)
固定 - 固定の支持方式はボールネジの両端を固定のサポートユニットで固めますので、位置精度が出しやすい方法です。
この支持方式で使用する場合、位置精度を重視しますので、ボールネジにも発注時に位置精度に関してのオーダーを入れることが多いです。
固定 - 自由の支持方式は「軸長が短い」、「低速回転」、「軸が垂直方向にレイアウトされる」このような場合に使用されます。ただし、使用される頻度は少ないです。
この3つの支持方式以外に 支持 - 支持 という方式があります。こちらも使用されるケースは少ないですが、温度変化の大きい環境などで使用されます。
3. ボールネジの危険速度を計算する
それでは、ボールネジの危険速度の計算をしていきたいと思います。
危険速度の計算式はメーカーによって表現は異なりますが、内容は同じです。
計算式は次の式になります。
ただし、
また、g とλはボールネジの支持方式によって決まる定数になります。
支持方法 | g | λ |
支持 - 支持 | 9.7 | π |
固定 - 支持 | 15.1 | 3.927 |
固定 - 固定 | 21.9 | 4.73 |
固定 - 自由 | 3.4 | 1.875 |
理論的な危険速度は安全係数を掛ける前の数値(理論値)になりますが、組み立て誤差などを考慮して安全係数を掛けておきます。ここで計算される回転数を超えて運転することは避けてください。
実際の計算では整理された一番右側の式を使用するとよいでしょう。ボールネジの支持方式で定まる係数g、λの内、g の値のみを使用します。
それでは、今回の条件で危険速度を計算してみましょう。
今回の支持方式は固定-支持ですので、【表2】の一番上になります。
【表2】ボールネジの支持方式
支持方式 | 取付方法 | 適用例 |
固定 - 支持 | 一般的な取付方法 中速回転~高速回転 中精度~高精度 |
|
固定 - 固定 | 中速回転 高精度 |
|
固定 - 自由 | 低速回転 軸長が短い場合 中精度 |
【表2】では支持間距離をナットからサポートユニットの距離としていますが、この距離は設計検討がかなり進んだ状態でないと決まらない寸法です。
検討初期の段階で正確な支持間距離が決まらない場合にはサポートユニット間の距離で計算してください。(【図3】)
支持間距離が長くなる方向ですので危険速度は低くでますから、実際の運転で不都合はでないはずです。
今回のケースでは既存装置の改造ですので、支持間距離は正確に決まるため、そちらの数値を使用します。
【図4】は今回使用しているボールネジBSS1505-900のカタログ掲載図です。
この図でL=900となります。右側が固定側、左側が支持側となっており、装置の動作状態、サポートユニットの寸法と照らし合わせて支持間距離を求めると744mmとなります。
したがって、危険回転数は
となり、現在の運転条件2倍の速度というのは・・・とうてい、不可能ということが分かります。
さて、今回の場合、依頼に対する回答は、どのようにすればよいでしょうか。
① 「どうぞ、どうぞ。でも仕様外での運転なので壊れても保障しないですよ。」
② 「計算上はイケますけど、仕様外なので保障はしないですよ」
③ 「計算してみましたが無理です。壊れますよ。」
賢明な読者なら簡単ですね。
正解は、③「計算してみましたが無理です。壊れますよ。」です。
エンジニアとして、自分が導き出した結果には自信を持って意見してください。
サーボモーターの性能は日々向上していますので、定格回転数以上でも短時間なら使用することができますが、ボールネジは材質を変更するなどをしない限り危険回転数は低くならないので、安易に速度変更(速くする)のは危険です。
ボールネジを使用した装置を計画する場合、近い将来の仕様変更(速度変更)の有無を考慮しておくと、生産計画の変更などに対して柔軟性がでます。
装置の導入コストは少々増えるかも知れませんが、後々に大改造するよりも費用は抑えられるはずです。
装置のライフサイクルを考えて設備仕様を考えてみましょう。
4.まとめ
以上の事からボールネジ駆動の装置で搬送速度を速くする場合やボールネジ駆動の装置を設計する場合には次のことに注意しなければなりません。
- ボールネジ等の長軸を回転させる場合、危険速度を確認する。
- 詳細設計ができていない段階ではサポートユニット間寸法を支持間距離として危険速度を確認する。
- 軸の長さが同じでも支持方式により、危険速度の値は変化する。
機械設計において振動(共振、危険回転数)の問題は色々な要素が絡み合った非常に難しい課題です。
しかし、今回の危険回転数や固有振動数(ばね、振り子、はり)などは計算で求めることができます。面倒かもしれませんが、計算しておくと安心して設計が進められます。
次回は、サーボモーターの特性(定格回転数、最大回転数、トルク)について考えていきます。サーボモーターについての知見が広がると思います。ぜひ読んでみてください。
それではまた。