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「NewsPicks」掲載|2兆円のムダに挑む。知られざる“大企業イノベーター”の実力

イノベーションは、“スタートアップ”の方が起こしやすいーー。そんな先入観を持っていないだろうか。だが、歴史が長く経験豊富な大企業だからこそ、起こせるイノベーションもある。

それを体現するのが、1963年から製造業の部品調達を支援し続ける、ミスミグループだ。そのミスミが生み出した変革こそ、オンライン機械部品調達サービスの「meviy」(メヴィー)である。

meviyは、従来1000時間かかっていた部品調達時間を、たった80時間に縮小。「92%の時間削減」を実現した破壊的イノベーションだ。

meviy開発の立役者である、ミスミグループ常務執行役員の吉田光伸氏に、取材を実施。業界を一変させるサービスは、いかにして生まれたのか? 歴史を持つ大企業だからこその強みとは何か? 製造業の景色を一新したイノベーションの軌跡をたどる。

製造業が変われば、日本は元気になる

製造現場で使われる設備や装置、ロボットなどに使用する「機械部品」。専門的な領域でなじみが薄い分、小規模なビジネスを想像するかもしれない。

しかし、製造業は日本のGDPの約2割を占有。その中で機械部品の市場規模は、23兆円 (ミスミ調べ)にも上る領域だ。

経済産業省「2020年度版ものづくり白書」をもとに作成。

ミスミは創業の1963年以来、機械部品の流通とメーカー両方の役割を果たし製造業を支えることで、不動の地位を築いてきた企業だ。

世界33万社にもおよぶ顧客には、「電気、ガス、水道、ミスミ。もはやミスミは、社会インフラだ」と言わしめる。

3300万点超という、世界最大級の取扱商品点数を聞けば、その評判にも納得だ。海外での売上比率50.2%という数字も、その独自性を際立たせる(2020年度)。

そんなミスミに吉田氏が入社したのは、2008年のこと。ネットワーク、ソフトウェア領域といわゆるIT業界でキャリアを積んできた吉田氏にとって、製造業は異業種。なぜミスミを選んだのか。

吉田氏はその理由をこう語る。

「それまでの仕事で製造業の現場と関わる機会があり、製造業が持つポテンシャルの高さは理解していました。日本の強みである製造業を変えれば、日本はもっと元気になれるのではないか、そう強く信じていたんです。

私のキャリアは、ほぼ一貫して新規事業の立ち上げで、インターネット黎明期にはインターネットを活用した事業の立ち上げに数多く従事しました。そこで常々感じていたのは、日本はアイデアも技術も豊富に持っているのに、それを活かしきれていないということです。

スマートフォンや検索エンジンのアイデアだって、日本企業が全く思いついていなかったわけではありません。ですが結果はご存じの通り、BtoC領域ではGAFAMがほとんど市場を独占してしまった。これが非常に悔しくて。

一方で製造業は、日本企業がすでに世界で存在感を示せている領域です。そんな製造業で大きな変革を起こせれば、日本を元気にし、存在感をもっと世界に示せるのでは、と。そこでミスミへの入社を決めたのです。35歳の頃でした」(吉田氏)

 “紙とファックス”の部品調達

では、meviyはどのように製造業に驚異的な変革を生み出したのか。そのプロセスをたどってみる。

そもそも部品調達とは、製造業でもっとも機械化・デジタル化が遅れている工程だ。設計や製造の工程で機械化が進むなか、調達の工程では紙の図面をファックスで送り、複数の部品メーカーに見積もりを取って、ようやく価格と納期がわかるのが当たり前。

「CAD(コンピュータを用いた設計支援ツール)で設計したら、そのままデジタルに見積もりが取れるんじゃない?と思うかもしれません。ですが、そう簡単ではないんです。

各社が別々のCADソフトウェアを採用していて、加工を依頼される会社によっては『このソフトウェアのファイルは開けません』ということが起きる。では誰でも見られる媒体とは何かとなると、紙なんですよね」(吉田氏)

こういった事情から、部品調達には紙図面が未だに多く使われており、そこには図面の作成の手間や、見積もりの待ち時間など、膨大な時間ロスがあるという。実際に製造業のファックス利用率を調査したところ、2020年時点でも98%だったという。

Getty Images / Skarie20

「このやり方で約1500点の部品で構成する機械を作ろうとすると、部品一つ一つの紙の図面の作成からFAXでの見積もり依頼等の作業だけで1000時間(125日)もかかるんです。仮に国内の製造業の企業が上記の機械を1台ずつ作るとすると、日本全体で2兆円の間接コストが発生している計算になります。

ミスミはこの非合理な部品調達の工程を、カタログ販売で改革してきました。オーダーメイドでゼロから作るのではなく、カタログから部品を選ぶ方式を取り入れることで、調達工程を効率化してきたのです」(吉田氏)

驚くべきは、カタログで扱う品揃えの規模だ。ネジ一つとっても1万種類以上を扱い、1アイテムごとの長さや太さのバリエーションを加味すれば、その数は800垓(がい)。聞きなれない単位だが、なんと1兆の800億倍という数字だ。

だが、吉田氏は考える。このままカタログを分厚くしていくだけではなく、顧客の非効率を解消するには、カタログを超えるサービスが必要ではないか。

「そこで、本当の意味でのDXを部品調達プロセスにもたらせないかと動き出しました。2013年、オンラインで部品調達が完結するmeviy構想の始まりです」(吉田氏)

1000時間をたった80時間に短縮

だが、meviy構想はトントン拍子に事が進んだわけではなかった。

当初のアプローチは、紙のカタログをデジタル化し、専用のソフトウェアを使ってオンラインで注文可能にするコンセプトでサービスを開発。だがインストールや商品選択が面倒といった理由で、使われないケースも多かったと振り返る。

そこで、吉田氏らは発想を180度転換。カタログから「選ぶ」という発想を捨てて、「描いたものがそのまま届く」世界観を目指した。

そしてたどり着いたのが、ブラウザで設計データをドラッグ&ドロップするだけで、瞬時に納期と見積もり金額が表示される「meviy」だ。

革新の一つ目は、見積もりの自動化。3DCADで作成した設計データをそのままmeviyにアップロードすれば、AIが部品の形状などを読み込み、必要な加工技術や工数を即座に計算。5秒程度で、価格と納期が表示される。紙図面を描く必要は一切ない。

材質や表面処理、穴の種類を選択、公差も設定でき、それに応じた価格や納期がすぐに表示される。製造不可の部分あれば、meviy側から改善案を提示する。

二つ目は、製造の自動化。顧客からアップロードされた設計データを、極力人の手を介さずに、機械が製造する仕組みを開発。従来はファックスで送られてきた図面をもとに、人がプログラムを打ち込んでいたが、meviyを使えばその工程がすべてカットされる。

こうして従来は1000時間かかっていた部品調達の工程を、ついに最短80時間にまで短縮。作業時間の削減率92%を、実現させたのだ。

そのインパクトは徐々に製造業界に浸透していった。2016年のリリース以降、ユーザー数は毎年増え続け、2019年に切削部品や板金部品の扱いを始めてから急増。2021年3月時点では、55,000ユーザーに到達した。

オンライン機械部品調達の分野では、シェアNo.1を獲得している(2020年市場調査レポート テクノ・システム・リサーチ調査)。

シェアは、テクノ・システム・リサーチ調べ。

新規事業立ち上げは、専門職だ

今でこそ市場を牽引するmeviyだが、苦難と試行錯誤の連続を吉田氏はこう振り返る。

「meviyの開発には、ミスミとしてやりたいというWant も、やらねばというMustもありました。ですが、Canだけが足りなかったんです。実現できるという目処が一切なかった。誰もが、夢物語だと思っていました」(吉田氏)

現にmeviyの構想をITベンダーに持ちかけると、「どんなに予算があってもそんな開発はできない」と打診した全社から断られたという。3DデータをWeb上で表現し、AIで見積もりを出し、製造工程に最適化する。こんなことが全部できるエンジニアは、存在しないと。

そこで吉田氏が考えたのは、“製造業以外”の技術を組み合わせることで、meviyの構想を実現できないか、ということだった。

「いままで数々の新規事業立ち上げをおこなって確信を持っていたのは、イノベーションは結局、既知の技術の組み合わせだということです。

3Dデータの形状を認識して特徴を分析するためには、自動運転車が障害物を認識する技術が使えるのではないか。3DデータをWeb上で表現するには、ゲーム開発のテクノロジーが応用できるのではないか。

その考えのもと、少しでも可能性を感じれば、世界各国の技術者と会いまくりました。結果的に、11カ国からエンジニアが集まったのです。私はこれを、わらしべ長者作戦と呼んでいるんですけど(笑)」(吉田氏)

日本のITベンダーに断られ続ければ、その時点で諦めてしまうケースも多いだろう。なぜ諦めずに海外まで視野を広げて、サービス化にこぎつけられたのか。

「ミスミ以前の新規事業開発の過程でも、同じような壁にぶつかって、たくさん失敗してきました。その経験を積んだ後だったことは、大きいですね。

私は新規事業の立ち上げとは、専門職だと思っているんです。新規事業はよく、“千三つ”と言われますよね。1000個事業が立ち上げられて、うまくいくのは3つほど。それくらい難しいと。

ですがやはり新規事業も、経験を積んだ人が入れば、成功確率は上がります。事業の戦略策定からプロジェクトの進め方、組織の作り方など、新規事業ならではのコツがありますから。

失敗に対する耐性もつきました。『最初からうまくいく方が珍しい』くらいの気持ちでいれば、つまずいても進み続けられるんです」(吉田氏)

Getty Images / Julia Lemba

さらに創業から約60年のミスミだからこそ、実現できた側面も大きいと語る。800垓という桁外れの品揃えや、顧客やパートナーと築いてきた信頼関係はもちろん、製造業を知り尽くす知見もその一つだ。

「自動で見積もりを出す様子を先ほどお見せしましたが、この価格と納期を決めるのって、実はすごく難しいんです。たとえば、ある図面の見積もりを、北海道と鹿児島のメーカー両方に依頼したとします。そうすると、両社から全く異なる見積もりが出てきます。

この業界において、価格や納期は、状況によってどうしても変わってしまうもの。『いまは暇だから安くても仕事を受けたいな』と思えば、見積もりは簡単に変動するのです。

それをmeviyでは、価格と納期を独自のアルゴリズムにより、『この図面なら何円で、納期は何日です』と一律で表示しています。どんなに繁忙期であってもこの価格と納期は変動しません。

ミスミには、800垓に及ぶ商品の値決めで培ってきた経験とノウハウがあるからこそ、こういったアルゴリズムを設計できるのです」(吉田氏)

設計者はアーティストだ

製造業にデジタル革命をもたらすmeviyだが、「まだまだ2合目、3合目」と自己評価は厳しい。

「私たちが目指すのは、グローバルに通用するプラットフォームです。BtoC領域では、GAFAMが市場を握っていますが、BtoBのものづくりのプラットフォームにおいては、まだどこも頂点をとっていません。

meviyがどこよりも先にそこに到達できるサービスだと、私は本気で考えています。そのために、扱う商品やパートナーを広げていくのはもちろん、グローバル展開も今年から積極的に進める予定です」(吉田氏)

「部品調達」は、ものづくりの1プロセスに過ぎない。しかし、この製造業における最大のボトルネックに変革を起こすことで創出される時間は、製造業、そして社会全体に大きなインパクトを与えると吉田氏は熱を込める。

「meviyを導入することで、いわゆる“作業”にかかっていた時間を削減し、よりクリエイティブなことに時間を割けるようになります。

製造業の設計者はもともと、アーティストのような、創造性あふれる存在だと思うんです。meviyのミッションは、『ものづくりに創造と笑顔を』。まさにmeviyを通して、製造業をよりクリエイティブで働きやすい、誰もが憧れる業界にしていきたいんです」(吉田氏)

2020年8月に、約300社の中小企業に対してミスミが行った調査でも、興味深い結果が出たという。

「コロナ禍も含むこの2年で成長していた企業と、成長できなかった企業で、何が違ったのかを調べました。すると最大の違いは、『デジタルツールを使いこなせていたか』という項目だったんです。

meviyも、言ってしまえば道具にすぎません。ですが人類の歴史はいわば、道具の進化の歴史とも言える。人間は道具を進化させることで、より豊かな社会を実現させてきたんです。

私たちはmeviyのインパクトは、単なる“効率化”だとは思っていません。meviyを活用して生産性を高めることで、日本の製造業が持つ本来の技術力や創造力をも高めていく。製造業が元気になることで、世界での日本の存在感も増していく。

私たちはmeviyを通して、そこまで実現していきたいと思っているのです」(吉田氏)

(NewsPicks Brand Design制作/執筆:田中瑠子 撮影:小島マサヒロ デザイン:Seisakujo 編集:金井明日香)