プロフェッショナル連載記事 中小企業経営から学ぶ生産性向上の秘訣 仕事の付加価値を上げよう!

企業活動のグローバル化(後編)ー日本企業の国内と海外との向き合い方

前編では、日本企業のグローバル化の実態について確認しました。貿易、海外活 動、金融投資の国際化という側面がある中で、日本の貿易は少ないという意外な事実がわかりました。また、海外活動については、日本企業は特に大手製造業で 活発化しているようです。これに対して海外企業の日本への進出は極めて少なく、先進国の中で日本だけ流出に偏ったグローバル化が進んでいる実態もわかりました。

なぜ日本はこのような特徴的なグローバル化が進んでいるのでしょうか?

後編ではその謎に迫るとともに、今後日本企業が目指していくべきグローバル化の方向性について探っていきます。

5.なぜ日本だけ流出一方のグローバル化が進むのか?

前編で確認したデータから、日本は経済規模の割には輸出が少なく、流出過多のグローバル化が進んでいるのが特徴だとわかりました。なぜこのような事態が進んでいるのでしょうか?私たち中小製造業にとっても、海外や国内との向き合い方が見えてくるかもしれませんので、少し考察してみましょう。

為替がもたらすグローバル化への影響

まずは海外との取引の際に重要な、為替レートについて確認してみましょう。図14が円-ドルの為替レート()と購買力平価()の推移をまとめたグラフです。

図14 為替レート・購買力平価 推移 日本

図14 為替レート・購買力平価 推移 日本

為替レートは国同士の通貨の交換比率ですね。

ご存じの通り日本は長い間360円/ドルの固定相場制でしたが、1973年に変動相場制へと移行し、1985年のプラザ合意を機に一気に円高が進みました。その後はアップダウンを繰り返しながらも80~120円/ドルといったあたりで推移しています。

もう一方の購買力平価とは何でしょうか?あまり馴染みのない方も多いと思います。

購買力平価(Purchasing Power Parities)は、「為替レートは自国と相手国の購買力の差によって決まる」という仮定に基づいた、通貨の交換比率を表す指標です。実際の両国のモノやサービスの値段を基に計算される数値となります。購買力平価の一例として「ビッグマック指数」という指標を聞いたことのある方が多いのではないでしょうか。

例えば、為替レートが100円/ドルだったとします。日本とアメリカで同じ価値を持つもの(例えばグローバルチェーンのハンバーガーなど)の価格が、アメリカで1ドル、日本で200円だったとします。

この時、購買力平価だと通貨の交換比率は200円÷1ドル=200円/ドルになると考えるわけです。実際には購買力平価は、様々な指標を統合して図13のような数値に定められます。すると、為替レート(100円/ドル)と購買力平価(200円/ドル)には差が生じます。

実は為替レートと購買力平価には、「物価水準(Price Level)」という指標が隠れています。

物価水準(Price Level)= 購買力平価 ÷ 為替レート

この場合は、物価水準=200円/ドル÷100円/ドル=2となりますので、日本はアメリカよりも2倍物価水準が高いということになります。

これが実際にはどのような状況を意味するのかを考えてみましょう。

日本では200円でハンバーガーを食べているわけですが、同じハンバーガーをアメリカに行って食べようとするとき、アメリカでは1ドル必要となるので換金します。1ドルに必要なのは100円です(手数料等は省きます)。すると、アメリカでは日本の半額(100円相当)で同じハンバーガーが食べられるわけですね。つまり、物価水準の高い日本からすると、他国のモノが割安で買えるわけです。

一方で、アメリカ側に立って考えてみましょう。

アメリカでは1ドルでハンバーガーを食べられます。日本で同じハンバーガーを食べようとすると200円必要で、その200円に必要なのは2ドルです。つまり、アメリカ人からすれば、日本の製品が自国で買うよりも大きく割高になってしまうわけですね。

さて、この「物価水準」のデータについても具体的に見てみましょう。図15が物価水準の推移を表したグラフです。

図15 物価水準(Price Level) 推移

図15 物価水準(Price Level) 推移

アメリカ(ドル)を基準(1.0)とした場合の、各国の物価水準の比率を表現しています。

実は日本は1985年から円高が急激に進んだこともあり、物価水準も急激に増大します。1995年には、物価が高くて有名なスイスを抜き1.86とアメリカの約2倍の水準に達していました。その後国内物価の停滞とともに物価水準も下落傾向となり、直近では0.97とアメリカをやや下回るレベルにまで落ち着いています。

この状況がグローバル化において何を意味するのか考えてみましょう。

日本が抱えるグローバル化の問題

前回ご紹介した通り、1990年代中盤は、日本の1人あたりGDP、平均給与、労働生産性などの指標がピークとなったタイミングです。そして同時に、日本企業は当時としては先進国で過剰ともいえる水準の借入と設備(供給力)を抱え込んでいた状況ですね。

せっかく大きな投資をして、国内で供給力を高めたにもかかわらず、物価水準が高すぎるので、なかなか輸出では売れないという事態に陥っていたことが推測されます。既に負債を抱え投資してしまっている企業からすれば、後は値段を安くしてでも事業規模を維持していくような経営を続けるしかなくなりますね。

このように物価水準が高いということは、海外に対してそれでも売れる強いビジネスがない限り、輸出では大きなハンディキャップとなります。

このようなことからも、基本的には輸出型のビジネスからすると、物価水準が高い状態は、海外現地生産を進める大きな動機となります。そのため、海外への日本企業の進出が進んでいき、その分輸出が大きくは増えなかったとも考えられますね。一方、海外企業から見れば、わざわざ自国よりも物価水準の高い日本に進出していこうとは思いません。流出一方の歪なグローバル化が進むのも道理なわけですね。

輸出品も安くしないと売れないわけですから、より大量に、より安く作るという規模の経済一辺倒の今のビジネスの潮流が基本形になっていったのかもしれません。この物価水準を見ることで、「仕事の価値が安い企業が多い問題」、「経済規模の割に輸出が少ない問題」、「流出一方のグローバル化が進んでいる問題」の不思議に、一定の納得感が得られるのではないでしょうか。

6.製造業にとっての「海外」と「国内」事業の考え方

このように日本の製造業にとって、海外との関係性はとても特殊な状況です。私たち日本企業は、今後海外や国内とどのように向き合っていくべきでしょうか?

国産事業と外国産事業

大企業と中小企業でも関係性は異なると思いますし、事業活動が「規模の経済」を追うものかどうかでも異なってくると思います。生産と販売をどちらで行われるかという組み合わせで、下記の4パターンに分けて考えてみましょう。

表1 対内外事業の区分

No, 名称 生産 販売
1 国内事業 国産事業 国内 国内
2 輸出事業 国内 海外
3 輸入事業 外国産事業 海外 国内
4 海外事業 海外 海外

ここでは、国内で生産して国内で販売する事業を「国内事業」、国内で生産して海外に販売する事業を「輸出事業」、この2つを合わせて「国産事業」と呼びます。一方、海外で生産して国内で販売する事業を「輸入事業」、海外で生産して海外で販売する事業を「海外事業」、この2つを合わせて「外国産事業」と呼びます。

いずれの事業においても、事業活動の結果利益を追い求めていく基本活動に違いはありません。ただし、私たちの事業基盤である国内で、生産に伴う付加価値を生み出しているかどうかは大きく異なりますね。

これからのグローバル化

国産事業は国内で生産活動を行った成果物を販売します。この生産活動の過程がまさに付加価値(GDP)の創出というプロセスになりますね。なぜならば、第1回で解説した通り、生産活動=他者の付加価値の積み重ねだからです。海外事業で利益の一部を本社に還流し、それが国内経済への事業投資にも使われれば良いのですが、残念ながらそうはなっていません。海外事業は、日本の付加価値(GDP)向上や、労働者の所得向上にはほとんど寄与していないと考えられます。

そもそも「付加価値(≒粗利)」と「利益の一部」では圧倒的にボリュームが異なりますね。国内経済の成長や、多くの消費者でもある労働者の所得向上を考えた場合には、国産事業の方がその影響度合いが高いことになります。利益を上げ株主への配当を重視する大企業と、必ずしもそうではない中小零細企業では、このあたりの考え方が分かれていくように思います。

大企業は必然的に規模の経済を追い、当期純利益とその分配である配当金を重視する経営となりますね。自然と、海外事業へと軸足が移っていくのも道理です。一方、中小零細企業は、オーナー経営者も多く、必ずしも利益や配当金を重視する必要のない企業も多いと思います。むしろ、中小零細企業は、自らの事業基盤である国内での付加価値を増大させることを重視する存在です。

主に大企業で輸出事業の多くが海外事業に置き換わっていくことで、日本は輸出がそれほど大きく増えず、流出一方に偏ったグローバル化が進んできました。その背景には、日本企業が過剰な借入と供給能力を抱え国内への事業投資の余地がなかったこと、そして物価水準が極めて高くなってしまったために輸出事業が厳しい状態が続いたことなどが大きな要因として考えられます。その状況に順応する形で、海外事業への転換を加速させていったと考えると自然なのではないでしょうか。

そして、これらのバブル期を機に急激に変化した要素は、近年他国並みに落ち着いてきている状況です。労働者の所得水準も他の先進国並みになりましたが、日本の労働者は教育水準も高く本来優秀で真面目な人が多いという強みがあるはずです。

また、昨今の情勢を鑑みれば、海外事業のリスクも顕在化してきています。非常時の事業継続性という観点も含めて、国産事業の価値が再評価されつつあるように思います。

これらの経緯を考えると、海外や国内との関係性をもう一度見直してみる時期に来ているように思います。物価水準が他国並みに落ち着いてきているということは、以前のように「日本で作ると高いから輸出では売りにくい」という事態も改善されてきているということを意味します。よく観察すれば、輸出事業でもメリットのあるビジネスは増えているのではないでしょうか。特に、大企業の割拠する市場が先鋭化していく中で、このような規模の経済ではカバーできない領域は広がっているはずです。

7. まとめ

今回は、企業のグローバル化についてフォーカスしてみました。

・ 企業のグローバル化には「貿易」、「海外活動」、「金融投資の国際化」がある
・ 日本の輸出は増加傾向で約100兆円だが、先進国では少ない水準
・ 日本は資源も少なく貿易は重要だが、実態としては内需型経済
・ 日本企業の海外活動(流出)は活発化している
・ 他国企業の日本進出は極端に少なく、流出に偏ったグローバル化が進んでいる
・ 特に製造業で歪なグローバル化、産業の空洞化が進んでいる
・ この背景には、急激な円高等による一時期の極端な物価水準の高まりが考えられる
・ 「物価水準」は近年他国並みに落ち着いてきている
・ 海外活動は上場企業で大きく進んでいるが、中小企業ではそれほど進んでいない

日本企業の場合、国内事業は停滞していますが、海外事業は大きく成長しています。ただし、海外事業は国内の付加価値向上には寄与しないため、国内経済とは切り離された活動となります。

私たち企業にとって、事業基盤である国内経済を成長させるためには、国産事業の成長が肝要です。そして近年では、国内の事業投資を増やす転機を迎え、輸出という面でもメリットが出やすくなってきている環境が整いつつあるわけです。

国内市場だけを見れば人口の減っていく日本ですが、海外も含めて考えればまだまだ市場は大きく広がっているといえます。今後は、従来のように規模の経済を追うビジネスだけでなく、国内外の多様なニッチ市場で適正付加価値のモノやサービスを国産事業として供給していくという方向性にも活路があるように思います。

次回は、日本の「製造業」の変化についてフォーカスしていきたいと思います。

 

1ページ目‐企業活動のグローバル化(前編)ー日本企業と海外事業の実態