こんにちは。工作ライターのたばねです。
昨今は3Dプリンターの普及によって、個人が作りたいものを自由にモデリングし、すぐに形にできるようになってきました。そして最新のものづくりは趣味の領域にとどまらず、医療福祉分野でも運用され始めています。
たとえば、東京・中延のファブスペース「ファブラボ品川」。こちらでは、3Dプリンターを使った作業療法の実践的な取り組みが行われています。
モデリングの技術や実用化はどこまで進んでいるのでしょうか。様々な機材や人が集まる工作施設を紹介する<Fabスペース探訪記>第3回は、今年6月にリニューアルした「ファブラボ品川」からお届けします。
案内してくださったのは、代表の濱中直樹さん(左)とディレクターの林園子さん。まずは施設で開催されているワークショップを体験させていただきました。
自助具製作ワークショップを体験してみた
ファブラボ品川では、医療福祉に関する勉強会や、実際に3Dプリンターでモノを作るワークショップを定期的に開催しています。今回は「セラピスト向け3D自助具製作ワークショップ」にお邪魔させていただきました!
自助具とは、障がいを持つ人が日常で行うのが困難な動作を、自分自身で容易に行えるよう工夫を凝らした補助具のこと。さっそくですが、リストアップした自助具のサンプルから作りたいものを選択し、ソリッドモデリングツール「TINKERCAD」で制作を進めていきましょう。今回は「プルトップオープナー」と「箸の自助具」を仕上げることにしました。
サンプルを実際に触り、改善点やアレンジを加えながら自分オリジナルのデータを構築していきます。形を分解しながら作れるので迷うことなく作業することができました。
モデリングしたものを3Dプリンターで出力し、プルトップオープナーが完成!
この道具を使えば、手が満足に動かせない方でも、少ない力で簡単に缶のプルタブを起こすことができます。こうした生活に寄りそう道具が、こんなに簡単に作れてしまうとは……。
今度は箸の動きをサポートする自助具をモデリングしていきます。
別バージョンのプルトップオープナー(左)に加え、箸の自助具も完成しました。実はこちら、1回目で箸のサイズが合わなかったので、もう一度寸法を計り直して制作したものです。アナログだと直すのに手間と時間が多く取られていましたが、すぐに修正しながら試せるのはデジタルファブリケーションの利点ではないでしょうか。
今回のワークショップには、私のほかに鈴木さんという方が参加されていました。鈴木さんは現在訪問看護ステーションに勤務し、訪問作業療法士として各家庭を回っているそうです。前職場の病院では、脊髄損傷患者向けの自助具をアナログで工作していたんだとか! 作業療法士さんはどのように施設を活用されているのか、鈴木さんにお話を聞いてみました。
どのような経緯でこちらの施設を知ったのですか?
「ICT救助隊」という、難病や重度障害を抱えた方にICT(情報通信技術)を使ってコミュニケーションの支援をする団体があるのですが、そこの講習会で林さんと出会い、このファブラボ品川のことを知りました。デジタルファブリケーションと自助具について興味があり今回のワークショップに参加してみました。
今までもアナログで自助具を作られていたということですが、今までの作り方とデジタルを使った作り方で違いはありますか?
やはり素材が軽いところがいいですね。今までは買ってきた素材を組み合わせていたので完成品が重くなっちゃうことが多かったので……。あとは今まではドリルなどで無理やり穴を開けて作っていたので最初から設計できることで手間がかからなくなるのもいいですね。
作業療法士としてこの施設に期待することはありますか?
今までもそれぞれの病院に工作室があったりと「作業療法士が自助具を作成する」という事例は多かったんです。しかし作業療法士同士が施設を超えてノウハウを共有したりというつながりはほとんどなかったので、そういったコミュニティが施設を通じてできてもいいなと思いました。
ファブラボ品川では自助具のワークショップだけでなく、レーザーカッターや電子工作などのワークショップも開催しています。会員以外でも参加できるので、興味がある方はサイト上のカレンダーをチェック!
ファブラボ品川はどういう場所?
今回はワークショップに参加させていただきありがとうございました! ファブラボ品川がどんな場所なのか、改めてご説明いただけますか?
当初は「at.Fab」という名称で、地域に根ざした市民向けの工房としてスタートしました。今年6月に「作業療法」を軸に置いたファブ施設として「ファブラボ品川」にリニューアルし、デジタルファブリケーションと作業療法を組み合わせた実践的な取り組みを行っています。
「作業療法」を軸に置いたファブ施設は初めて聞きました。そもそもなんですが、作業療法とはどういったものなのでしょうか?
作業療法とは、「作業療法とは、対象者にとって意味のある適切な作業を用いてWell-beingを促進する」ことを目的としています。
理学療法が「日常生活に介助なく過ごせるよう、身体能力回復のために物理手段を加える」ことだとすれば、作業療法は「個人の価値観や社会参加の環境にフォーカスして、その方にとっての健康を考える」ことだと考えています。
※作業療法について詳しくは林さんが執筆されたコラムに詳しく記載されています。併せてご覧ください。
なるほど、理学療法が身体的であるのとはまた違い、本人の価値観など心理的な面が関わってくるのですね。作業療法とデジタルファブリケーションは、どのような経緯で結びついたのですか?
作業療法では、絵を描いたり陶芸作品を作ったりと、ものづくりを通じたリハビリを行うのが一般的なようです。そして、林さんたちと立ち上げた「ICTリハビリテーション研究会」で様々な話を聞くうちに、作業療法とデジタルファブリケーションの親和性を確信するようになりました。
デジタルファブリケーションには「インターネットにつながることで、データを介したコミュニケーションをしながらものづくりができる」点と、「それぞれの人に合ったスピードで作業できる」点があり、これは作業療法に向いていると思いました。今までは何か特別な道具を必要としたりわざわざ移動が必要だったりと、環境に左右されることが多かったんです。しかし、デジタルファブリケーションなら、パソコンがあれば誰でも場所を選ばずものづくりができます。
たしかに環境に左右されにくいのは大きな利点ですね。この取り組みは医療福祉の現場でも行われているのでしょうか?
いえ、まだこれからといったところですね。作業療法士の団体や学校には、デジタルファブリケーションのカリキュラムはありません。届けたいところにまだ届いていないというのが現状です。
作業療法の方法も人によって様々で、実際に自分でモデリングから出力までの一連の制作を通してされる方もいますし、3Dプリンターで出力する様子を見て楽しむ方もいます。必ずしも制作がゴールではなく、デジタルファブリケーションを使ってその人のWell-Beingが高まることが目的です。
デジタルファブリケーションへの入り口も出口も人それぞれなのですね。私も3Dプリンターの出力風景を見ているだけでテンション上がります!
必ずしも何かを作らないといけないわけではないですからね。何が向いていて何が好きか、どの状態がその人にとって良い状態かを見極めるのが肝心です。
みなさんは実際にどんなものを作られているのですか?
このファブスペースでは、モデリングから出力まで通して制作している方は2人います。1人は自分で考えたオリジナルキャラクターをモデリングし、パソコンに貼るステッカーなどを作ってますね。もう1人は、体が不自由なため施設まで来るのが難しいけどモデリングをやってみたいという方で、オンラインでやりとりしながら自分で使う自助具のパーツ改善をしています。
場所が離れていても、データをやりとりしながら制作できるのがデジタルファブリケーションの利点ですね!
デジタルによって拡がった自助具の世界
私は今まで自助具というものにあまり馴染みがなかったのですが、他にはどのようなものがあるのですか?
これらは一部ですが、ざっと見ただけでもこれくらいあります。数えたことはないので、私でもどれだけあるのかわかりません(笑)。
こんなに種類があるんですね!
こちらはカトラリーの持ち手につけるグリップです。肌に馴染む軟性フィラメントを使用して、握りやすさを意識しています。
一見何かわからないかもしれませんが、こちらは爪を切るための自助具です。これがあれば、手先が不自由でも片手で軽く押すだけで爪を切ることができます。
こういうものが気軽に3Dプリンターで出力できるなんてすごいですね。アナログで作ると大変だろうな……。
市販品の自助具は高価なものもありますね。数を揃えることが難しいので、今まではアナログな自作が一般的でした。最近では、作業療法士の間で3Dデータをシェアして使う流れも始まっているようです。
ただ、データが一緒でも出力環境が違うとまた別のものができるので、同じものを作れるかどうかは1つの大きな課題です。あとは衛生面ですね。口に入れても大丈夫なフィラメントもあるのですが、そもそも対応していない3Dプリンタ自体も多かったり、まだまだ議論されていないことも多いので。
まだ課題点は多いです……。今後は医療分野をメインにした3Dプリンターや器具も増えそうですね。
今はまだ、3Dプリンターが医療介護の分野に進出し、ようやくこういうことが少しできるようになってきた……という段階ですね。
この自助具は使われ方がイマイチ想像できないのですが、どういうふうに使うのでしょうか?
これは麻痺のある方向けのストレッチ道具です。脳卒中や脳梗塞で手に麻痺が残ると、屈曲方向に緊張が高まる特徴があるので、この自助具を使って伸ばすストレッチをします。脳血管障害などで、手を握る方向への緊張が常に高く、指を伸ばしにくくなる方がいらっしゃいます。今まで板状の器具はあったのですが、粘土と3Dスキャナーを使うことで、その人の手の形に合った器具の作成が可能になりました。
なるほど。個人に合った自助具を作れるのは、デジタルファブリケーションの大きな利点なのですね。
作業療法の現場にデジタルファブリケーションを広げるために
お話を聞いていると、とても革新的な試みだと感じました。これから作業療法の現場でも、デジタルファブリケーションが一般化されると良いですね。
私もそう思って活動を続けています。現在の作業療法士は、医療・介護保険で点数が決まっています。つまり、報酬は時間に連動して変わるので、その人に対して特別な道具を提供したとしても作業療法士個人や施設の収入が変わるわけではありません。ですので、この取り組みに対して投資するかと言われると、まだまだ難しいところはあります。
新しい取り組みに対して、今までの制度やルールを変えるのって難しいですよね。
今までは保険の範囲内でしかできなかったリハビリを、希望して料金を払えば必要なだけ追加で受けられる事業所が増えてきました。この制度が広まると、作業療法士にもその分の報酬が入るため、よりその人に合わせた自助具や器具の提供がしやすくなります。今はこの流れに乗ってこの取り組みを広げていきたいですね。いずれは医療保険で成り立っている施設にも波及できたらいいと思います。
今回の話を聞いて、デジタルファブリケーションというのは作業療法を受ける方も、作業療法を施す方も含めて幅広く有効なものだなと感じました。最後に今後の展望をお聞かせいただければ!
自助具作りというのは作業療法士がデジタルファブリケーションへ取っ掛かるための一歩であり、そこからさらに触れていくことで活用の幅や可能性を広げられると思っています。今は興味のある人しか触れていないという状況ですが、必要な技術であるということがわかってもらえるようなアウトプットをしていきたいですね。
まとめ
デジタルファブリケーション×福祉という文脈は、これまでにも可能性の一例として話に聞いたことはありましたが、実際に活用されている現場を見ることでよりその有用性がわかり、認知がもっと広がってほしい分野だなと考えるようになりました。作業療法の現場では、自助具の自作と福祉の世界は、想像以上に密接な関係にあるという事実に驚いています。
デザインを学んでいる私から見ると、福祉とデザインという文脈は今はまだそこまでメジャーではないように感じます。しかし今後、デザイナーやエンジニア、設計士など、ものづくりに関わる分野の方と繋がりを広げることで、この分野を含めた社会を広範囲で変えられるのではないかという希望を持ちました。
その多種多様な人やものが交わる接点として、ファブラボ品川のリニューアルと新たなポジショニングは革新的です。これからどんな化学反応が起こるか、目が離せません!
(たばね+ノオト)
取材協力:ファブラボ品川
一般社団法人ICTリハビリテーション研究会
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【第1回】新規事業のアイデアをその場で試作! ソニー本社のFabスペース「ソニー・クリエイティブラウンジ」探訪記
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