プロフェッショナル連載記事 現場取材・対談

「つくる」のその先を考える 循環型ファブリケーションの実験場、慶應義塾大学SFCファブスペース探訪記

こんにちは。工作ライターのたばねです。
様々な機材や人が集まる工作施設を紹介する<Fabスペース探訪記>第4回目

 

今回は、慶應義塾大学の6つのキャンパスのうちのひとつ、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)のファブスペースにお邪魔しました!

 

SFCがコンセプトに掲げる「ファブキャンパス」では、これまで研究室ごとに点在していた3Dプリンターなどの工作機器を集約して一元管理し、学生なら誰でもオープンに使用できるように整備。実際に機械を使って、アイデアを形にすることで、創造的なものづくりの力を高めることを目的としています。

 

(写真提供:SFC)

1990年に創立された湘南藤沢キャンパス(SFC)の敷地面積は約10万坪。総合政策学部、環境情報学部、看護医療学部の3つの学部と、政策・メディア、健康マネジメントの2つの研究科が設置されています。

 

辺りは自然に囲まれ、のびのびとした環境。キャンパス全体が創造的な雰囲気であふれている慶應SFC。思う存分ものづくりに打ち込むことができそうです。

 

今回ご案内いただいたのは、環境情報学部教授の高汐一紀さん。

 

専門分野はヒューマンロボットインタラクションやユビキタスコンピューティング。ファブキャンパス委員会のメンバーであり、ファブ施設のひとつである電子工作アトリエにて電子回路設計などの授業を行なっています。ご自身はロボット研究をメインにされているのだとか。

 

いったいどんな施設があるの?

こんにちは!さっそくですがファブキャンパスにはどのような施設があるのでしょうか?

簡単な工作から本格的な制作が可能な機材まで幅広いものを揃えています。整備の特徴としては、機材を難易度で3つのレイヤーに分け、メディアセンターを中心として同心円状に分散させていることでしょうか。
なるほど! 施設の位置にも意味があるんですね。

 

レイヤー1は、3Dプリンターやレーザーカッターなどを置いている入門編の「メディアセンター」
レイヤー2は電子工作やロボットのアトリエがあり、より発展的な制作が可能な「アトリエフロア」、そしてレイヤー3は大型のハイレベル機材を揃えた、金属加工に特化した「DFF-M」(デジタルファブリケーションファクトリー”メタル”)と木材加工に特化した「DFF-W」(デジタルファブリケーションファクトリー”ウッド”)といった高度な制作施設を用意しています。
1つの複合的な工房があると思っていましたが、用途に応じて施設を分けているんですね。
そうですね。まったくものづくりに関わったことのない学生でも入門編でまず作ってみて、慣れたら本格的な制作ができるようにステップアップしていけます。そして最終的には学外へ飛び出していこう、というニュアンスも含めています。
ここまで制作拠点としての環境が整えられているとは驚きました。私は3Dプリンターが好きなのでメディアセンターが特に気になりますね。ぜひ案内をお願いします!

 

まずは使い方を勉強! 入門編のメディアセンターファブスペース

こちらが図書館一体型のメディアセンター内のファブスペースです。まずは触って使い方を覚えてもらう入門編の施設になっています。FDM方式の3Dプリンターやレーザーカッターなどの簡単な小物の制作に向いた機材を揃えています。授業で活用するほか、初心者向けのワークショップも開催しています。

 

図書館の中というのがインパクト抜群ですね。

 

スペースに12台の3Dプリンター「makerbot」がずらりと並んでいました。その場にいなくても、オンラインでデータを送信して出力できるそう。家にいながらデータを送って、大学に来て出力された作品を受け取るなど、シームレスなものづくりが可能になっています。

 

アクリルや木材など、あらゆる素材に印刷できるUVプリンターが最近新しく導入されたそうです。アクセサリーなどの小物づくりに向いており、学生に大人気の機材なのだとか。

 

学生さんに作っているものを見せてもらいました。こちらは菌類をモチーフにしたアクリルブローチ。デザインから出力まですぐ形にできるのは魅力ですね。

 

他にも布へデータを刺繍するデジタルミシンやステッカーなどの作成に向いたカッティングプロッター、レーザーカッターから3Dスキャナーまで充実した機材がぎゅっと詰まっています。

 

学生が作成したファブスペース紹介のビデオも。

 

こんなにたくさんの機材が自由に使えるなんてうらやましい!入門編の施設ということですが、趣味の工作ならほぼここで出来てしまいそうですね。
素材と使用料金は無料なので、授業の制作以外に、趣味の工作でもどんどん使ってほしいですね。一応、作品の大きさ制限と、素材の持ち込み不可の制約があります。ここでいろいろ試してみて、「もっと作ってみたい!」という人は次のレイヤーに進むという感じですね。

 

建築から電子工作まで! 専門分野に特化したアトリエ

レイヤー2の「アトリエスペース」の一部をご紹介します。ここは建築科目の履修をしている学生の作品を保存する収納スペースです。ほかにはロボット、電子工作などのアトリエがあります。
履修分野や自分の作りたいものに応じて場所を使い分ける形を取っています。

 

この建物には建築の作品などを置いているのですね。
そうですね。一時的に置いているものですが、建築系は大きな作品が多いため置き場所に困ることが多々あります。作って終わりではなく、きちんと保存まで行ってこそのものづくりです。なので、作品を保存するためのストレージを確保することがこれからの課題ですね。

 

ハイエンド機材で本格的な制作も DFF-M/ DFF-W

まずは金属加工に特化したDFF-M(デジタルファブリケーションファクトリー”メタル”)を案内してもらいました。

 

レイヤー3の金属加工に特化した「DFF-M」は、今までの施設で入門編をクリアしてライセンスを持っている人や、もっと大掛かりなものを作りたいという人に向けたハイエンドツールが揃っています。

 

鉄板に穴を開けるボール盤や、切削加工を行なうCNCミリングマシン、板金を切断するシャーリングといった大型工作機械がずらりと並んでいました。その風景はもはやファブスペースというよりも「町工場」といった雰囲気を感じます。

 

こちらの施設は管理員の菊川さんに案内していただきました。

 

これはいったい何の機械ですか?
こちらは試作品のモックアップやフィギュア製作などで使用されることもあるフルカラー3Dプリンターです。粉末状の素材にカラーインクを混ぜ込んで積層する、粉末固着式積層法のプリンターになっています。

 

初めて本物のフルカラー3Dプリンタを見ました!私はよくファブ施設を使うのですが、他の施設になかなか無い本格機材が揃っていますね。こちらの機材は無償で使えるのですか?
そうですね。学生は自由に使ってもらって構いません。いいプロダクトを作ってもらいたいとは思いつつ……、けして安い運用コストではないため無駄使いはしないように指導はしています。
場所によっては1回の使用に数万するような機材を自由に使えるなんて羨ましい限りです。

 

大型の基板加工機やはんだを接合するリフロー炉もあります。どちらも高性能な機材を入れているので、製品化に向けた実践的な制作も可能です。
知識がないと扱えない専門的な機材が揃っていますが、学生に向けた講習会などはあるのですか?
いえ、元々が専門的な施設ということもあり特に講習会などは開催していないですね。作りたいものがある人は個別に相談して、わからないことがあれば管理員に聞いたり、学生同士で教え合ったりと柔軟なサポート体制を整えています。

 

DFF-W(デジタルファブリケーションファクトリー”ウッド”)へ

(写真提供:SFC)

こちらはキャンパスから少し離れた敷地に建てられた木工施設「DFF-W」(デジタルファブリケーションファクトリー”ウッド”)。他の施設とは一風変わって、ログハウスのような佇まいです。

 

中には長机が設置され、広々とスペースを使うことが可能です。研究室に所属する学生がメインで使用し、課題制作の時期にはオープン前に行列ができるほどなのだそう。

 

こちらのレーザーカッターは1200mm×600mmまでの大型素材の加工ができる超大型のもの。ここまで大きなものは初めて見ました。

 

奥には木工用CNCルーターキットのShopBotが設置されています。コンピュータ制御で手作業では難しい複雑な曲線をデータ通りに切り抜いたり、切断したりと大掛かりな制作にうってつけの機材です。これさえあればなんでも作れる気がしてきますね。

 

DFF-Wの隣にはゼミの合宿やワークショップなどで使用する滞在棟も見学させていただきました。
こちらはOBと学生の有志によって建物をデザインするSBC(Student Build Campus)というプロジェクトの一環で2018年に建てられたそうです。近くに宿泊施設があれば一晩中ものづくりに没頭できそうでうらやましい……。

 

吹き抜けの内装は風通しがよく、とても過ごしやすそうです。

 

滞在棟とDFF-Wが同じ敷地にある理由として、今後建設されてゆくキャンパスや家具をこの場で加工して、そのまま生活で使おうという意図があるそうです。過去には滞在棟の2段ベッドを学生たちが木材をShopBotで加工して作り上げたこともあるそう。自分の学ぶ場所は自分たちで作り上げる、そんなDIY精神を強く感じました。

 

滞在棟近くの空き地には新しい施設を建設する予定なのだそう。これからどんな場所になるのか楽しみですね。

 

なぜSFCでファブキャンパスを?

 

簡単なものから本格的な制作が可能な設備が整えられたファブキャンパス。その充実具合には驚きのひとこと。全体のコンセプトなどについて説明していただきました。

 

案内いただきありがとうございました!他の大学や民間のファブスペースにも類を見ない制作環境のクオリティに圧倒されました。SFCは元々ものづくりに特化したキャンパスだったのですか?
最初からものづくり特化という訳ではなかったですね。かつてこのキャンパスは「どこからでもWi-Fi接続できる」というネットワークの強さが売りだったのですが、それが当たり前の社会になった今、デジタルの次を目指していく選択肢としてものづくりがありました。
ちょうどMIT(マサチューセッツ工科大学)が個人がデジタル機器を活用してものづくり活動を行なうパーソナルファブリケーションを提唱した時期で、SFCもその時流に乗ってでツールやスキルを増やしていった流れがあります。
なるほど。元々そうしたデジタルへの感度が高い校風だったのですね。

 

アナログの時代は加工技術がどうしても属人的で継承が難しいという問題がありましたが、デジタルの発達でノウハウを世界中で広く共有できるようになった。パーソナルファブリケーションの発展を後押ししたのは間違いなくデジタルでしょう。そういう流れを汲み、私たちは「デジタルファブリケーション」を大きく打ち出しています。
私もデジタル機器を使ってものづくりをしますが、作品や技術をデータでスムーズに共有できるのははデジタルの大きな利点ですよね。
作ったものは他の人も自由に使えるように、データ化してアーカイブすることを推奨しています。職人の世界に代表されるように、ものづくりをするのに特別な技能が必要な時代ではなくなっていると思います。全くものづくりに関わったことのない学生でも、実際にオープンソースのデータを活用して自分の作りたいものを作るなどといったことが学内でもあります。

「つくる」から「こわす」まで-オクタドームに見るもののライフサイクル

ファブスペースを活用して作られた作品で代表的なものや印象深いものはありますか?

(写真提供:SFC)

鳴川肇准教授率いる鳴川研が制作した「OCTADOME(オクタドーム)」でしょうか。
この作品は元々六本木で展示していた作品を、展示終了後にキャンパスで2年間ほど常設展示していたものです。
このプロジェクトで特徴的なのは制作から解体までの過程を全て記録してアーカイブしている点です。防腐処理もない無垢素材の状態から屋外展示に向けたデザイン変更の過程、屋外に雨ざらしで設置してどう素材が変化したか、そして解体するまでの手順などを全てデータを記録しています。このデータが、今後の展示をするときのフィードバックになればという思いがあります。
作るだけではなく、今後の手引きとしてデータを残しておくのはすばらしいですね。
学生のノリだと「作って展示して終わり!」ということが多いのですが、それだと次に繋がっていかないというのがやってみてわかってきたという段階です。この「つくる」から「こわす」そして「わかる」というサイクルがあってこそのファブキャンパスであり、作るだけに留まらず、ものづくりのサイクルを循環させたその先を目指しているんです。

ファブキャンパスのコンセプトのひとつである、「デジタルとフィジカルとを横断し、結合する創造性 = Fab(ファブ) 」とは具体的にどのようなことでしょうか。
基本的に作ったものは自分で使いますよね。iPhoneケースをデータ通り作っても、ぴったりハマるわけではないところとか、3Dプリンターで作ったマグカップに熱湯を注いだらフィラメントの特性上溶けちゃうよね、というところとか実際に使ってみて気づくことがたくさんあります。
そうして体でわかったことをフィードバックしてまた作る、というものづくりのサイクルを回してほしい。
そういった意味でものづくりにはデジタル(情報)だけではなくフィジカル(身体性)もなくてはならないと思っています。

 

今後の課題

今後の課題や展望などはありますか?
課題としてアトリエフロアでもお話しした大学側のストレージ問題があります。こちらもサイクルについてですが、作品を作った後のことや失敗してゴミになってしまったもの、それらをフィードバックの仕方も含めどうしていくかというモノのライフサイクルも考えた仕組みづくりができればいいなと思っています。今から先のことを考えるというよりは、手を動かしてやってみてわかったことが課題になっているので、目の前のことにしっかり打ち込むという形でしょうか。
ものづくりに興味のある学生はぜひ訪れてほしいと思っています。学内にここまで充実した設備がある大学はなかなかないですし、教員も施設もリソースと考えて積極的にものづくりに関わってくれると嬉しいですね。

まとめ

ファブスペース探訪記で初の大学内施設訪問、いかがでしたでしょうか。

 

他ではなかなか見られような本格的な機材につい目を奪われがちでしたが、機材が設置してあるだけのファブスペースではなく、ものを作ったその後にも着目しているのが強く印象に残りました。私自身も作品を完成させることだけを考えて、その後に目を向けることは少なかったので参考にしたい考え方だなと思います。

施設の配置やレイヤー分けなど、デジタルファブリケーションを学ぶカリキュラムも綿密に設計されていることが伺えました。一般に開かれた施設や社内施設ともまた違う、「ものづくりのシステム」そのものを作っているんだな、と大局的な考え方が興味深かったです。

 

今後もどんどん増えていくであろう教育現場ファブスペース、その先駆けであるSFCファブキャンパスのこれからに注目です!

 

(たばね+ノオト)

 

【取材協力】
▼慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)
https://www.sfc.keio.ac.jp/

▼SFCファブキャンパス
http://fabcampus.sfc.keio.ac.jp/

 

著者