IT領域において、日本は世界に遅れをとっている。そんな印象を持ってはいないだろうか。確かに、目につきやすいBtoC領域では海外勢が大きな存在感を放っている。しかし実は日本発、世界で唯一無二の価値を誇るサービスがある。
ミスミグループが生み出したデジタル機械部品調達サービス「meviy(メビー)」だ。一つの設備で従来1000時間かかっていた部品調達時間を、たった80時間に短縮。92%の時間削減を実現した革新的なサービスである。
そんなmeviyが、いよいよ世界に進出し始めた。その背景には、部品調達が日本のみならず世界共通のアナログ領域として、製造業従事者の「創造性」を奪っていることにある。
meviyの世界進出は製造業にどんな価値を提供し、クリエイティビティをもたらすのか。その意味と意義を、meviy開発の立役者であるミスミグループ常務執行役員の吉田光伸氏に尋ねた。
目次
固定観念に縛られずスピードと価格も進化
── 1年ほど前にお話を伺いました。この1年間、meviyにはどのような進化や変化がありましたか。
吉田 この1年を振り返ると、コロナ禍のリバウンド需要で、製造業は世界的に景気が回復し、それに伴ってmeviyも大きく伸長しました。おかげさまで、お客様からいただいた部品を発注する際に必要な3Dデータのアップロード数は900万を超え、ユーザー数も8万人に到達するなど、利用者が増えています。
── ユーザーの拡大だけでなく、この1年でmeviyをどのように進化させたのでしょうか。
「スピード」と「コスト」の両面で大きな進化がそれぞれ2つあります。
まずスピード面の1つ目は、UI(User Interface)の刷新。グローバル展開を進めていく中で、これまで日本のお客さま中心に組み立てていたUIを、よりグローバルに最適な形へとアップデートしました。結果的に、meviyの操作時間がこれまでの3分の1に短縮されました。
2つ目は納期の短縮。meviyは板金加工と切削加工が主なサービスで、これまでも板金加工では標準3日目出荷、最短1日目出荷を実現できていました。ただ、切削加工は技術的な事情で納期を短くすることが難しく、標準6日目出荷、最短3日目出荷が限界でした。それを今回、ミスミのノウハウを駆使して、最短1日出荷を実現したんです。
──meviyは、膨大な時間を費やしていた製造業の「調達」に対し、92%の時間削減を実現したサービスです。それでもまだスピードを求める根底には、何があるのでしょうか。
meviyのミッションは「ものづくりに創造と笑顔を」。それに基づいたmeviyの提供価値は、時間を生み出すことだと考えています。
ただ楽に早く部品が届くという体験をしてもらいたいのではなくて、ものづくり産業に関わる人々に時間を提供し、その時間を使って、より創造的な仕事をしてもらいたい。そんな想いを込めています。
FAXを送ったり、図面を描いたり、それを紙に印刷して機械に打ち込んだり。そのような作業はデジタルに任せてしまって、より人間にしかできないクリエイティブな仕事に時間を費やしてもらいたいんです。それが製造業の競争力向上に直結すると信じています。
──吉田さんがmeviyを考案した頃から大事にしているコンセプトですよね。スピードの一方でコストについてはいかがですか。
1つ目が長納期低価格。先ほどとは真逆ですが、納期が20日と長くなる代わりに価格が3割引になる長納期サービスをはじめました。2つ目が、大口数量割引。1個で注文すると1万円のものが、100個以上注文すると最大50%オフというボリュームディスカウントサービスもスタートしています。
年々ユーザーが増えていくことで、お客さまのニーズも多様化してきました。お客さまによっては、「納期は普通、場合によっては遅くてもいいから価格を下げてほしい」「多く注文するから割り引いてほしい」という要望がありました。
常にお客さまの声に耳を傾けて、それに応えるのがミスミグループのDNA。原材料費が高騰し、さまざまな物価が値上がりする中でプライスダウンは難しい判断でしたが、ユーザーが増えたことでスケールメリットも出てきて、価格改定を検討できるまでになりました。ユーザーのみなさんに還元する意味でも、価格の改定に切り込んだんです。
デジタルツールも“日本ならでは”のこだわり
──日本発、世界へ。日本の製造業が厳しくなってきていると言われている中で、この部品調達の領域では世界を穫れる可能性がありますね。
まさにmeviyは、日本が得意とする品質へのこだわりが詰まっていると思います。例えば製造できない部品のデータをアップロードすると、ただエラーを表示するだけじゃなく、どこがどう間違っていて、どうすれば製造可能かまで教えてくれるんです。無料でそこまでやる必要はないのですが(苦笑)、この機能を高く評価しているお客さまも多いんです。
サービス開始当初は想定外の使い方だったのですが、お客さまから「若手の教育に使っている」というお声を多くいただいています。meviyを先生にして、設計の練習をしているのだそうです。
──確かにそのきめ細やかさは、日本ならではのおもてなしを感じます。
さらに自動で見積もりが出せるメリットとして、少しだけ設計を変えたデータで、どちらがより安くつくれるかも手軽にシミュレーションできます。
従来のやり方でそれを確かめようと思うと、ほんの少し設計が異なるものをA・B・Cパターンつくってもらって「どれが一番安いですか?」と聞くしかないんですが、そんなことしたらと職人さんに怒られるに決まっています(笑)。だからできなかった。
でもmeviyなら24時間365日、自動で、無料で、1分で、どちらが安いかシステムが教えてくれる。働く人にも企業にも、より優しくて最適なものづくりができるようになりました。
グローバル展開でも改善速度を保つ
──meviyは開発当初から、グローバル展開を視野に入れていたのですか。
もちろんです。ミスミグループは小さく始めて大きくスケールさせる発想で事業を展開していますから、最初からグローバルスケールに照準を合わせて開発も行っています。
ミスミグループはすでにグローバル展開をしていて、世界に工場数が自社だけで22箇所、営業拠点で62箇所、物流センターで18箇所あります。昨年にヨーロッパに進出したところですが、この事業基盤を活用して、今年度中にアメリカ、中国、その他のアジアへと、どんどん進出していく予定です。
──今年9月に合弁会社を設立しますが、これも海外展開に関係があるのでしょうか。
ミスミはグループ全体でVOC(Voice of customer)、つまりお客さまの生の声を集めて分析。改善のサイクルを素早く回す取り組みを重視しています。meviyでもこのPDCAを回しており、その結果が先程申し上げた1年間で20〜30個の機能リリースとなっているのです。
グローバル展開するにあたり、今後世界各国で多種多様な要望が次々と出てくることが見越されます。VOCをサービスに実装するスピード感を保つためには、やはり開発力の強化が必要だと感じました。
ここでの最適な解はなんだろうと考えたとき、以前から一緒にmeviyを開発してくれている主要なパートナーであるCCT(株式会社コアコンセプト・テクノロジー)さんと、共に合弁会社をつくろうと。そういう結論に至って、meviyのシステム開発を加速させる会社として「株式会社DTダイナミクス」を設立することとなりました。
──エンジニアを増強するだけではなく、別会社として立ち上げた目的は何ですか。
働きやすさや開発環境も含めて、エンジニアの能力を100%解放できる組織にしたかったんです。本当にエンジニアドリブンなテックカンパニーをつくりたかった。
エンジニアのみなさんの中には、自由な働き方をしてきた方も多くいます。そうすると、ミスミ全体のカルチャーや働き方がマッチするとは限らない。そのあたりも含めて、もっと自由な発想とオーナーシップを持って働ける会社をつくったほうが、開発のスピードアップにつながると思ったんです。
製造業にもっと“創造性”を
──そもそも海外でmeviyの需要はあるのでしょうか。日本よりもDXが進んでいる印象があり、調達工程でも効率化が図られている印象があります。
設計・調達・製造・販売とあるバリューチェーンの中で、設計は世界共通で3D CADの活用、生産は先進国以外も自動化のためロボット等を導入していますし、コロナ禍もあいまって販売もオンラインが盛んになりました、
しかし、調達の領域はグローバル共通でアナログ作業の塊です。日本と同様に、3Dデータを紙の図面に起こした後、FAXで見積もりや製造を依頼する。紙の図面を見て人が見積もりを出し、部品をつくるときも紙の図面を見ながら人が工作機械のプログラムをパチパチと打つ。
私自身も海外駐在が長いですから、meviyがグローバルで十分通用する確信もありましたし、実際にテストマーケティングを行った際も大きな反響がありました。
海外は特に生産性に対して敏感であるので、ここまで大幅に時間を短縮するツールはすごく喜ばれています。だからこそグローバル化を早急に進めて、より多くの方に利用していただきたいと考えています。
──そうは言っても今年度中にグローバル展開の完了を目指すとは、開発と同様にスピーディですね。
実際に海外のお客さまから、すごく手応えを感じているんです。「こんなサービスはいままでない」とか「アメージング!」といったような感想もいただけて。
これだけ喜んでくださると、やりがいといいますか、使命感を感じますし、より早くより多くの方々に届けたいという気持ちが強いですね。
世の中を変える、良くしていくという志があるからこそ、過酷な状況になっても耐えられるというか。「ものづくりに創造と笑顔を」のミッションを、社員一同が強く感じてやっています。
──国内でもGDP20%以上を占め、世界でも大きな役割を担う製造業を、改革するという大義がある。
そうですね。紙を減らすことでカーボンニュートラルにも繋がりますし、また時間を短縮するだけではなく、工数を減らすことで多くの企業が頭を悩ませる人手不足にも貢献でき、サステナブルな経営にも貢献できると思っています。
そしてやはり、唯一無二とかNo.1とか、そういう話もありますがそれは目的ではなく、meviyによって製造業全体の無駄がなくなり、時間から解放される。時間に余裕が生まれることで、より創造性のある仕事ができる。結果的にグローバルで、製造業全体が強くなっていく。
いつも言っていることですが、製造業の設計者は元来、創造性あふれるアーティストのような存在です。その力をもっと解放してもらうことに貢献したいと考えていますし、そのために今後もmeviyをより進化させていきたい。そして、部品調達という側面ではありますが、この分野で日本のものづくり、製造業の存在感を世界に示したいと思います。
執筆:シンドウ サクラ
撮影:北山宏一
デザイン:藤田倫央
取材・編集:木村剛士