ニトリルゴムは、工業から日用品まで幅広く使われる合成ゴム材料です。とくに優れた耐油性や耐摩耗性を持ち、オイルシールやOリング、使い捨て手袋などの製品に利用されています。この記事では、ニトリルゴムとは何か、特性やメリット・デメリットについて解説します。また、ニトリルゴムの用途や加工上のポイントについてもまとめているので、設計・開発担当の方は最後までご覧ください。
ニトリルゴム(NBR)とは?
ニトリルゴムは、アクリロニトリルとブタジエンのランダム共重合体からなる合成ゴムです。正式名称は「アクリロニトリルブタジエンゴム」といい、一般には「ニトリルゴム」や「ブナN」と呼ばれています。分子構造中に極性基であるニトリル基(-CN)を持つ点が特徴で、鉱物油など無極性の油に対する優れた耐油性が生まれます。
アクリロニトリルの含有量によって「低ニトリル」から「高ニトリル」まで分類され、耐油性や耐寒性などの特性が変化するため、用途に応じたグレード選定がポイントです。一方で、分子骨格に二重結合を含むため耐候性や耐オゾン性は低く、屋外での使用には注意しなければなりません。
ニトリルゴムの特性
ニトリルゴムの機械的特性
ニトリルゴムは、数ある合成ゴムの中でも機械的強度が高いバランスの取れた材料です。代表的なニトリルゴムの機械的特性は以下のとおりです。
項目 | 単位 | ニトリルゴム | |
比重 | – | 1.6 | 1.3 |
硬度 | ショアA | 70 | 50 |
引張強さ | MPa | 12.7 | 4.4 |
伸び | % | 370 | 400 |
※引張強さ、伸びの各特性値はJIS規格K6251に基づき試験を行っております。
一般的なグレード(硬度ショアA70)では、引張強さは12〜13MPa、伸びは300〜400%に達し、ゴム材料として十分な強度と柔軟性を示します。引裂きに対する抵抗力も強いため、圧力のかかるシール材やガスケットとしての信頼性が高いです。
優れた耐摩耗性は摺動部やローラーなど、摩耗が問題となる用途において重要な特性となります。硬度は配合によりショアA50〜90程度の範囲で調整可能で、硬度を上げると耐圧性は向上しますが柔軟性は低下します。
ニトリルゴムの物理・化学的特性
ニトリルゴムの最大の長所はガソリンや鉱物油に対する優れた耐油性です。100℃以下の油環境であれば安定して使用可能です。耐熱性の連続使用温度は80℃前後が目安であり、さらに高温になると熱劣化が進みます。耐寒性は十分ではなく、-10℃前後から硬化が始まり、シール機能が低下するため、寒冷地での使用には注意しなければなりません。
分子構造に起因する弱点として耐候性・耐オゾン性が低く、直射日光やオゾンに晒されると亀裂が生じます。電気的特性も絶縁体としては性能が低いため、高電圧用途には不向きです。
ニトリルゴムのメリット
優れた耐油・耐摩耗性と機械的強度
ニトリルゴムが汎用ゴム材料として広く採用されるのは、耐油性・耐摩耗性・機械的強度の3つの特性がバランスよく備わっているためです。ゴム材料の中でトップクラスの耐油性を誇り、エンジンオイルや作動油に長時間接触しても膨潤や劣化が少ないため、オイルシールやパッキンの標準材料として活用されています。
繰り返しの圧縮や摩擦に対する耐摩耗性も高いため、摺動用シールやローラーにも最適です。安価な材料でありながらも、薄肉のガスケットから耐久性が求められるシール部品まで、幅広い部品に適用できます。
加工性が良く量産製造に適している
加工のしやすさとコスト競争力の高さは、ニトリルゴムのメリットのひとつです。原料である生ゴムの混練から、金型を用いた圧縮成形や射出成形、押出成形といった製造プロセスが広く確立されています。複雑な形状の部品であっても安定した品質で大量生産可能です。
材料自体も比較的安価に入手できるため、製品のトータルコストを抑えるうえで有利です。設計者にとっては、特殊な設備を必要とせず、多くのサプライヤーで調達・加工が可能であるという点は、開発リードタイムの短縮と安定供給の確保に直結するメリットでしょう。
バリエーション展開と環境対応性の高さ
ニトリルゴムは、優れたカスタマイズ性と環境規制への対応力もメリットです。ニトリルゴムは共重合体であるため、アクリロニトリルとブタジエンの比率を変えたり、第三の成分を加えたりして、特性を調整した多様なグレードを開発できます。
この配合設計を生かせば、標準品では困難な高温・高圧条件や厳しい環境規制にも対応できるグレードを開発可能です。たとえばRoHS指令に適合した特定有害物質を含まないグレードや、食品衛生法に合致するグレードなどが用意されています。
ニトリルゴムのデメリット
耐候性・耐オゾン性の低さ
ニトリルゴムの注意すべきデメリットは、耐候性、とくに耐オゾン性の低さです。ゴムの分子骨格に含まれる二重結合が、オゾンによって容易に切断されてしまうことに起因します。屋外で直射日光に長時間さらされたり、モーターや電気機器の周辺などオゾンが発生しやすい環境で使用したりすると、ゴム表面に微細な亀裂が生じ、最終的には破断に至ります。
対策としては、耐オゾン性を向上させたグレードを選定するか、表面への保護剤の塗布が効果的です。根本的な解決策として、耐候性に優れるEPDMやクロロプレンゴムへの材料変更も検討しましょう。
低温で硬化し脆くなる
ニトリルゴムは耐寒性が低く、低温環境では性能が低下する点がデメリットです。一般的なニトリルゴムは、0℃を下回ると徐々に硬化し始め、-10℃前後でゴム本来の弾性を失います。-20℃以下の極寒環境では、ガラスのように硬く脆い状態になり、シール性を完全に喪失するだけでなく、わずかな衝撃や変形で簡単に割れてしまいます。
寒冷地で使用される機器のシール部品や、冷凍・低温設備に関連する用途での使用は避けるべきです。設計の際には、機器が使用される最低温度を必ず確認し、温度がニトリルゴムの推奨使用範囲外である場合は、低温特性に優れたシリコンゴムや特殊な耐寒グレードのフッ素ゴムなどを代替材料として選定しなければなりません。
極性溶媒に弱く電気特性も劣る
耐油性に優れるニトリルゴムは、特定の化学物質に弱いという化学的なデメリットを抱えています。アセトンやMEKなどのケトン類、酢酸エチルなどのエステル類といった極性溶媒に対しては全く耐性がありません。これらの溶剤に接触すると、ゴムは著しく膨潤して軟化し、シール部品としての機能を果たせなくなります。塗料、接着剤、洗浄剤の溶媒や、一部の混合燃料に含まれるアルコールなどが関わる環境では、使用可否を慎重に検討しなければなりません。
物理的特性として電気絶縁性がほかのゴム材料(例:シリコンゴム、EPDM)に比べて劣る点もデメリットです。高電圧がかかる電気部品の絶縁カバーやケーブル被覆といった用途には不向きであり、不適切な環境での使用を避ける必要があります。
ニトリルゴムの用途
ニトリルゴムの主要な用途と、選定される理由は以下のとおりです。
用途分類 | 用途 | 選定される理由 |
自動車・輸送機器 | オイルシール、Oリング、ガスケット、燃料ホース、ダイヤフラム | ・エンジンオイル、ガソリン、軽油などに対する優れた耐油性
・繰り返しの圧力や摩擦に耐える耐摩耗性と機械的強度 ・コストパフォーマンスの良さ |
産業機械・油圧機器 | 油圧シリンダー用シール(パッキン)、ポンプ軸封、防振ゴム、工業用ホース | ・高圧の作動油に対する耐油性と耐圧性
・摺動部での高い耐摩耗性 ・油環境下でも使用できる防振性 |
医療・衛生 | 使い捨て手袋(ニトリルグローブ) | ・薬品や油に対する耐薬品性・耐油性
・針などの突刺しに対する耐突刺性 |
その他(工業・日用品) | 印刷機用ローラー、ゴムシート、耐油マット、安全靴の靴底、接着剤 | ・インクに対する耐油性と紙を送るための耐摩耗性
・工場床の油汚れを防ぐ耐油性 ・油が付着する作業現場での耐油性・耐滑性 |
ニトリルゴムと他材料の比較・選定ポイント
材料選定では、要求性能とコストのバランスを取ることが重要です。ニトリルゴムとほかの代表的なゴム材料との比較を以下に示します。
材料名 | ニトリルゴム | シリコンゴム | EPDM | フッ素ゴム |
耐油性 | ◎ | △ | × | ◎ |
最高使用温度(℃) | 90 | 200 | 120 | 230 |
耐寒性(℃) | -10 | -70 | -40 | -10 |
耐候性 | × | ◎ | ◎ | ◎ |
電気絶縁性 | △ | ◎ | ◎ | △ |
価格 | 安価 | 高価 | 標準 | 非常に高価 |
特徴 | 耐油性・耐摩耗性のバランスが良い | 耐熱・耐寒性、電気絶縁性に優れる | 耐候性・耐薬品性(極性溶剤)に優れる | 耐熱・耐油・耐薬品性に極めて優れる |
ニトリルゴムの加工種類とポイント
金型成形加工のポイント(射出・圧縮成形など)
ニトリルゴム部品の量産は、金型を用いた射出成形や圧縮成形が主流です。設計者が注意すべき点は、ゴムの収縮です。ゴムは加硫(架橋反応)時に1〜3%収縮するため、金型は最終製品寸法より大きく設計しなければなりません。正確な寸法精度が求められる場合、試作成形で収縮率を実測し、金型寸法に反映させることが不可欠です。
加硫条件(温度・時間)も重要で、不適切な条件は物性低下を招きます。成形後に発生するバリ(はみ出しゴム)の処理方法や、寸法公差と合わせて図面に明記することも後工程でのトラブルを避けるために必要です。
切削加工のポイント(機械加工・二次加工)
ニトリルゴムは柔らかく弾性があるため、切削加工は難しい材料です。少量試作や規格外寸法のOリング製作では、金型なしで加工できる切削が有効な手段となります。最大のポイントは「素材を硬くして加工する」ことです。ドライアイスや液体窒素で素材を-50℃以下に凍結させ、一時的にガラス化させて硬くすれば、刃物が入りやすくなります。
工具は超硬やセラミックなどの鋭利な刃物を選定し、加工条件は低速で削るのではなく、高速回転・低送りで一気に薄く削るのがコツです。ゴムが変形する前に切削できます。寸法精度を出すのは難しいため、設計上は研磨などの仕上げ工程を許容するか、ウォータージェット加工のような代替工法も選択肢に入れるとよいでしょう。
接着・組み立て加工のポイント
ニトリルゴム部品の接着や組み立て工程では、ゴムの特性を理解した取り扱いが品質を左右します。ゴム同士や金属との接着には、ニトリルゴム系接着剤やシアノアクリレート系瞬間接着剤が用いられます。接着強度を確保するためには、接着面の脱脂が必須であり、必要に応じて表面を軽く荒らすことや、ゴム用プライマーの塗布が極めて有効です。
組み立て時、とくにOリングを溝にはめ込む際は「ねじれ」に注意しましょう。ねじれた状態で組み付けると、シール面圧が不均一になり漏れの原因となります。グリースなどを薄く塗布して滑りを良くすると同時に、初期の乾燥や摩擦も防げます。金属のエッジでゴムを傷つけないよう、挿入部には面取りやR形状を設けるのも設計の基本です。
ニトリルゴム加工の見積もり依頼は「meviyマーケットプレイス」へ
ニトリルゴムの部品製作には、ぜひメビーマーケットプレイスをご活用ください。
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まとめ
ニトリルゴムは、耐油性と耐摩耗性に優れた、コストパフォーマンスの高い合成ゴム材料です。工業用途から日用品まで幅広く利用されているため、設計・開発担当の方は特性を理解しておかなければなりません。
本記事で紹介した特性やメリット・デメリット、加工上のポイントを参考にして、製品開発にご活用ください。