プロフェッショナル連載記事 中小企業経営から学ぶ生産性向上の秘訣 仕事の付加価値を上げよう!

中小企業の付加価値経営(後編)-付加価値と生産性向上のポイント

前編のような経緯を踏まえるならば、今後私たちはどのような方向で企業経営を考えていけばよいでしょうか?

今後、労働者が減少していくこともありますが、自動化された手段が存在するのであれば積極的にそのような手段へ切り替えていくことは、熾烈な競争に勝ち残っていくためにも追求していくべき姿勢だと思います。なぜならば、自動化された手段を導入することが合理的であれば、競合他社も導入するからです。

前編で紹介した顧客に求めるべき付加価値の考え方は、あくまでも自社で代行するコストを積み上げたものです。その体制でその仕事をするならば、絶対に下回ってはいけない対価ですが、顧客からすればそれは知ったことではありません。もし自動化された手段で生産することで圧倒的に生産性が高まり、コストが下がるのであれば、従来の手法は陳腐化し単に生産性が低く割高な仕事になるだけです。

5.中小企業の付加価値経営

私たち企業経営者はこのような時代との競争をしながら、並行して消費者でもある労働者を豊かにするという役割を果たさなければいけません。これは当たり前に見えて非常に難しいことです。現実の企業経営の厳しいところですね。

少なくとも現在のところ、すべての仕事が「自動化された手段」に代替されるわけではありません。

前編で解説した通り、随所に「人にしかできない仕事」が存在します。
つまり積極的に自動化を進めつつ、並行して人にしかできない仕事を見抜き、その価値を高めるという経営姿勢が必要になるのだと思います。

中小企業の強み

統計を見る範囲においては、この「人にしかできない仕事の価値を高める」ということを日本の企業は追求してこなかったのではないでしょうか。それが端的に表れているのが、第1回でご紹介した日本の時間あたり労働生産性の低さです。

価値の低い仕事を、より長時間、よりたくさん、より安い労働力で賄うという価値観が支配的だったことが窺えます。この価値観は、バブル期に極端に投資が行われた結果を引きずったものとして考えるならば、そろそろその経済観から脱却するタイミングが訪れているともとらえられます。

それが前回ご紹介した「規模の経済一辺倒の経済観」から、「規模の経済と多様性の経済をバランスさせる経済観」へのシフトです。

参考:第5回「小規模事業でも高い生産性が可能に(前編) – 付加価値を高めていく合理性

それを実現する主なプレーヤーは、規模の経済を追わざるを得ない大企業よりも、むしろ国内経済の主役である中小企業であることは間違いのないところだと思います。

停滞する日本経済が好転し、人口が減りながらも一人ひとりがより豊かになる社会のためには、このように自動化する仕事と人にしかできない仕事、規模の経済と多様性の経済を見定めて、中小企業がより人にしかできない仕事に価値を認めることが肝要と言えます。

短期的な利益ではなく、長期的な付加価値向上を目指せるのは、中小企業ならではの強みとも言えますね。

6.企業と労働者が共に豊かになっていく仕組み作り

自動化を進めながら付加価値を高めていくためには、どのような対処が必要でしょうか?

極端かつ急激に自動化を進めるならば、余剰人員を削減していくことになります。今後もしかしたらそういった企業も多く出てくるかもしれません。

一方で、自動化を進めながら、労働者がより付加価値の高い「人にしかできない仕事」に注力していく方向性もあるはずです。リスキリングという言葉が良く言われるようになりましたが、新しい付加価値の稼ぎ方に合わせて、従業員に新たなスキルを身に着けてもらうことが重要となります。

スキルを増やし、労働者の付加価値を高める

前編で紹介した、汎用フライスをマシニングセンタに代替するケースでいえば、汎用フライスのスキルだけでなく、マシニングセンタを操るスキルを身に着けるということになります。必然的にこれまでとは異なる能力が求められますので、企業側としても人材に投資するという姿勢が求められます。うまくスキルが獲得できれば、今まで扱えなかったより高付加価値な仕事にチャレンジする余地も出てきます。

このような製造工程の高度化だけでなく、場合によっては製造のノウハウを生かして品質保証部門や開発部門、技術営業などへの配置換えなどといった人材の活かし方も考えられます。特に、今後は技術営業的なポジションの重要性が増していくのではないでしょうか。

単純に余剰人員を切り捨てるという方向ではなく、それまでのキャリアを生かしながら更なる価値を生む存在へとバージョンアップしてもらうという観点が重要です。一人ひとりの特性に合ったきめ細やかな人材投資も、規模が小さいほど取り組みやすいはずです。

付加価値に比例する給与設定

企業はこのような労働者の付加価値向上とセットで、給与の向上を図らなければいけません。短期的な利益を重視すれば労働者の給与を下げることが企業の合理的な行動と考えられがちですが、長期的には付加価値向上に合わせて労働者の給与を上げていく方が合理的な行動になるはずです。

理由は2つあります。

労働者のモチベーション

1つ目は、労働者のエンゲージメントを向上させ、更なる付加価値向上へ向けることができる点です。

エンゲージメントとは、仕事への熱意や当事者意識、積極性といった意味ですが、ある調査によるとそのエンゲージメントが、日本は世界でも最低水準(140か国中134位)との結果もあります。

そればかりか、仕事に対して敵対的(Actively disengaged)な労働者の割合が世界でも高い水準(140か国中23位)に達しているという指摘もあるのです。(いずれも2017年Gallup社調査結果を参照)

一昔前はエコノミックアニマルとまで言われた仕事熱心な日本の労働者が、既にこのような状態になっているのは意外な方も多いのではないでしょうか。

自分の携わっている仕事が世の中から見れば価値が低かったり、給与が低く更に上昇の見込みが無かったりすれば、仕事へのモチベーションが低下して当然ですね。

労働者の購買力

2つ目は、労働者の給与が上がれば、企業からしても広い意味で消費者の購買力が増えていくためです。自社や関連企業の市場が広がる可能性があります。当然1社が給与を上げたところで、日本全体に与える影響は微々たるものです。

しかし、企業全体として取り組んでいったらどうでしょうか?特に付加価値や給与水準の向上余地が大きく、労働者の7割が働く中小企業がまとまれば、極めて大きな影響力を持つと思います。

ミクロの活動を、マクロの変化へと結びつけるのがまさに、付加価値と給与の向上ということになりますね。

もちろん個々の企業によって事情は異なると思いますので、まずは可能な企業から取り組んでいき、少しずつその輪が広がっていけば良いのではないかと思います。

付加価値の分配モデル

ここで最後にご提案したいのが、自社の付加価値向上と労働者の給与・エンゲージメントを連動させて向上させていく付加価値の分配モデルです。

業務の棚卸をした上で、従業員の成果と対価をきめ細かに評価できる小規模企業ほど取り組みやすいと思います。

図7が付加価値の分配と人材投資を組み合わせた、従業員の賃金決定モデルです。ある労働者の稼ぎ出す付加価値と、給与の決定方法を簡略化して表現してみました。

図7付加価値の分配モデル

図7 付加価値の分配モデル

横軸がその労働者の就労年数を表し、縦軸が金額を表します。
その労働者の給与の決定方法として、年齢給成果給を設定しておき、いずれか高い方を採用するという運用方法にします。

年齢給()は、初任給に対して毎年一定額が加算されていく方式です。成果給()は、その労働者の稼ぐ付加価値(オレンジ)に対して一定割合(例えば50%)を給与として支払う方式です。

雇用コスト()は、その労働者を雇用することによって発生するコストです。給与や福利厚生費などだけでなく、教育費や管理費などもコストとなります。

就労後間もない頃は、多くの場合十分な付加価値を稼げません。自分自身の給与分すら稼げないこともしばしばあります。必然的に年齢給が選択されることになります。

つまり、図7でいうところの投資期にあたる期間です。この時期は、企業としてはその労働者に投資する期間です。

労働者としても自分の稼ぐ付加価値よりも雇用コストが高く、成果給よりも年齢給の方が高い状態です。労働者としては、年齢給と成果給のギャップがその企業から投資を受けていると感じ、自らの成長へのインセンティブになると思います。
(もちろん、そのように感じない人もいるかもしれません)

就労年数を経るとともに、稼ぎ出す付加価値も増えていきますので、ある部分で付加価値が雇用コストを上回る損益分岐点に達するはずです。ここまで来てやっと企業は、投資期を脱し、回収期に入ることになります。

その後、更に付加価値を稼げるようになれば、ある時点で成果給が年齢給を超えるポイントが出てきます。この時点で、年齢給から成果給に切り替えることになります。

労働者からすれば、従来の年齢給よりも成果給の方が昇給しやすくなりますから、仕事へのエンゲージメントが高まります。この時点から、企業と労働者の稼ぎが加速していくことになります。

企業としてもある時点で投資分を回収でき、その後はこの労働者が働く分だけ儲かるようになります。ここまでをいかに迅速に達成するかは、企業側のOJTや教育手法、標準化・マニュアル化等のノウハウとなる部分だと思います。

このように、企業と労働者が双方納得した中で、お互いに付加価値向上をベースにして豊かさを増やしていけるような仕組みがあっても良いのではないでしょうか。
もちろん、図7は非常に簡略化したモデルですので、様々なアレンジがあって良いと思います。
また、開発職、管理職や、高齢労働者の取り扱いなど、色々と現実に即して細かい調整が必要です。

労働への対価の決め方はいろいろあると思いますが、ぜひ参考にしていただければ幸いです。

7.まとめ

これまで6回にわたって経済統計データと飛躍する中小企業の観察から得られた知見等を織り交ぜ、付加価値や生産性を向上させるためのポイントを共有させていただきました。

長い目で見たときの継続的な成長のためには、特に国内経済の主役である中小企業が、付加価値とその分配を重視した経営姿勢を持つことが重要だと思います。

中小企業経営から学ぶ生産性向上の秘訣
-仕事の付加価値を上げるポイント

  1. 業務の棚卸により、事業の見える化が大切
  2. 事業投資により、付加価値・生産性向上を図る転機が訪れている
  3. 物価水準も低下し、日本からの輸出にもメリットが出やすい事業環境
  4. 顧客や仕入先とのパートナーシップを基本に、取引関係の再構築が重要
  5. 小規模でも付加価値・生産性向上を図れる合理性が出てきた
  6. 自動化と人の仕事を区分けし、特に人の仕事の価値を高めその対価を連動させる仕組みが重要

これらのポイントをぜひ実際の経営の参考にしていただき、更に事業を発展させるきっかけとなれば幸いです。

重要なのは私たち企業経営者が、一歩踏み出し、長期的な付加価値向上と労働者の所得向上を実現していくことだと思います。

世界的にみても特殊な日本の経済状況を踏まえれば、今こそまさに企業活動の転換により、日本経済を再び成長軌道に戻せる転機なのではないでしょうか。

その中核となるのが国内経済の主役である中小企業だと思います。

企業活動の本来的な役割は、顧客の代わりに価値を提供することです。その役割を思い出し、切磋琢磨しつつも、企業と労働者が付加価値を分配しあいながら共に豊かになっていけると良いですね。そのきっかけとして、最も変化が著しい製造業から転換していけると良いのではないかと思います。

 

本連載をお読みいただき、ご賛同いただける方が増えることで、少しずつ付加価値経営の実践が広まっていくことを願っております。

 

1ページ目‐中小企業の付加価値経営(前編)-データで見る日本のGDPと付加価値