3D CAD推進プロジェクト プロフェッショナル連載記事

設計者CAEを考えてみる 前編

6月13日(木)渋谷ソラスタコンファレンスにてANSYS Discovery Day 2019(主催アンシス・ジャパン株式会社・サイバネットシステム株式会社)が開催され、私も「これからの設計者CAEを考える」と題して講演をさせていただく機会がありました。

今回のBlogより、この設計者CAEについての話を始めます。

 

皆さん、設計者CAEという言葉をご存知でしょうか。
この言葉が使われるようになって、10年ほど経つことと思います。

講演資料より

私は、「解析専任者によるCAE(Computer Aided Engineering)」と「設計者CAE」の違いについて、図のように解釈しています。

 

限られた人だけが運用可能な、高度な解析知識や技術、また工学的な知識を必要としていたCAEに対して、ミッドレンジ3D CADの普及によって、その3DCADのプラグインとして3D CADのインタフェースに組み込まれ、連携して、設計者自身が利用できる構造解析ソフトが登場しました。私もそのひとつの「COSMOSWorks」※1を使っていました。今でもその流れを汲む「SOLIDWORKS Simulation」を使用しています。

※1 COSMOSWorks
開発元のStructural Research and Analysisは2001年にダッソー・システムズに買収され、2008年にはCOSMOSの名は消え、「SolidWorks Simulation」となりました。

解析フロー

ひとくちにCAEと言っても、その構成は、図のように、

  • プリ処理部
  • 計算部
  • ポスト処理部

といった大きく3つの機能に分類され、それぞれその知識・技術を必要としています。

特に、メッシュ作成機能は、その計算・結果を大きく変える要素のひとつでもありながら、多種多様なメッシュを使い分けるなどといった技術を要するものです。

それまでの高度な解析システムが、コード(プログラム)によって解析条件を設定していたのですから、設計者CAEとして、直接3Dモデルへ可視化的に設定できるようになったことと、3つの機能を意識することなく作業ができるようになったことは、設計者にとって、「CAE/解析」のハードルを下げることになりました。

 

しかし、このように設計者CAEが運用され始めると、「設計者CAE VS 解析専任者」のような構図も見られるようになったのも事実です。
(どちらかと言えば、解析専任者の方が上位にいるのでしょうか。解析専任者から設計者CAEに対しての批判を聞くことが多いような気がするのですが・・・)

解析専任者からすれば、簡易的なCAEにしか見えないのでしょう。

その設定作業におけるメッシュ性能からはじまり、その解析結果精度への不信といった発言をよく聞くことがあり、未だにその話は絶えません。

 

私自身も、つい最近、解析専任者と思われる人物から、
「設計者CAEなどというものは、解析結果からその傾向さえ判断できるものではない」
「使い物になるものではない」と言われたことがあります。

「私の経験を否定された」とも受け取れ、憤慨したのは言うまでもありません。このようなことが言われ続けている設計者CAEですが、今日の状況も果たしてそうなのでしょうか。

 

ANSYS Discovery Day 2019当日の講演会場も、解析前任者と設計CAEを行っている人の挙手をお願いしたところ、会場の半数を超える解析専任者が来場されていたので、設計者CAEを推進している私としては、気まずさもありましたが、主催者からの「何でも自由にお話してください」という言葉に、勇気付けられてお話させていただきました。

設計者CAEについてはこんな話もあります。

設計者CAEが普及し始めたころから、「何でもできる夢のツール」として、もてはやされたり、これだけ普及しているにもかかわらず、メディア記事に、「解析精度の面では、専任者が使うハイエンドCAEとは比べものになりません」などと自虐的に記述されていたりします。

「エビデンスを求める電卓」として設計者CAEが言われることもあります。

設計者からの期待値があるゆえに、夢のツールがごとく取り扱われる一方で、とてもカジュアルなシステムなため、低く見られがちです。

 

しかし、ハイエンドCAEでさえも、設定いかんによっては、精度も高くはならず、解析でさえ十分に行えないこともあります。
ハイエンドCAEのベンチマークをしっかりと行うわけでもなく、またCAEそのものの機能検証も十分にできていないのに、世間一般的な雰囲気の中で、このような発言をすることはいかがなものかと思います。ですが、それだけ設計者の身近にあるものが設計者CAEなのでしょう。

では、いま設計者のおかれている環境はどうでしょうか。

講演資料より

市場要求はあいかわらず、「高機能・高性能化、コストダウン、開発期間短縮」であることには変わりはありません。それどころか、日本での「ものづくり」には、高付加価値が求められるのは当たり前の様相です。グローバル化が進む中、世界の工場と張り合っていくには、それしかなかったのですが、世界の様相も変化しています。

 

日本がお得意としていた開発力でさえ、海外勢の台頭も見られるようになってきているので、更に環境は厳しくなるばかりです。

講演資料より

環境という言葉が出たので、社会情勢にもちょっと目を向けてみましょう。

求人倍率を見ると、2019年度の中小企業では、過去最高の9.91倍となり、36.5万人の人材不足という数字が出ています。(出典:株式会社リクルートワークス研究所)

中小企業であり、かつ私が勤務するような地方の製造業においては、人材不足は企業経営に関わる大きな問題です。

このような環境でも、市場の要求を満たしていくために、企業は生産性を上げていく必要があります。また、働く人たちの意識の変化にも対応していかなければなりません。

「働き方改革」に取り組む上でも、生産性を向上させる取り組みが必要です。

では、設計者CAEが必要と言われ始めた当時より、開発設計はどのような環境にあったのでしょうか。

K・K・Dという言葉をご存知でしょうか?
K・K・Dとは、

  • K 勘(感覚) バランス感覚・センス・雰囲気
    天性のもの
    経験によって磨かれるもの
  • K 経験
    成功体験
    失敗体験
  • D 努力
    失敗 →改善 → 成功 のサイクル

を示しています。

先輩の設計者はこれらのバランス感覚に優れ、経験を積む中で、理論では示すことのできない感覚的なものを培ってきました。

 

しかし、このような「アナログ的」とも言える技術を、新しい設計者に引き継ぐことは容易ではなく、そのような中で、正しく技術伝承できないという現象も生じていたのです。

 

そこで、エビデンスを求めるために、設計者CAEが登場してきたとも言えます。

このような必要性が生じる中でも、開発設計の業務フローに変化が見られたわけではありません。

講演資料より

この開発設計における業務フローは、個別受注型の生産設備を示しています。

このようなフローの中で、設計者CAEが用いられるのは、詳細設計が比較的進んだ段階が多く、そのようなタイミングで解析を行うには、次のような問題があります。

  • 解析用モデルの編集の必要性があるが、その編集する時間も待てない
  • 設計時間を止めることができない。解析結果は“すぐ”欲しい

 

設計者CAEでも、専任者によるCAEでも、細部にわたり3Dモデル化されたものを解析することは困難ですので、解析用に省略するような編集作業を要します。

また、短い開発設計期間の中で、解析を行う時間を十分確保することは難しく、「今すぐ解析結果が欲しい」ということがほとんどです。

私の経験では、解析用のモデル編集から始まり、解析結果を得るまでの時間は、待てて数日というところではないでしょうか。

専任者へ依頼するのではなく、開発設計現場に近いところでのCAEを必要として始まった設計者CAEですが、近年、再び盛り上がりつつあります。

それはどうしてなのか、次回Blogに続けたいと思います。お楽しみに。