デジタルトランスフォーメーションの先をよむ - 今、そこにある未来 -プロフェッショナル連載記事

温故創新の森『NOVARE』の目指すオープンイノベーションとは何か-利便性を求め、意味性を問う

今回は、清水建設株式会社 温故創新の森「NOVARE(ノヴァーレ)」を訪問し、NOVARE DXエバンジェリスト 及川洋光氏と対談し、NOVAREが進めるDXについて伺いました。
その話はただ単に、DXに留まることはないエバンジェリストの熱い想いと、共感を持つことになりました。

温故創新の森

温故創新の森NOVARE(ノヴァーレ)は清水建設が東京都江東区の潮見駅近くに500億円を投じて2023年9月に新設した人財育成とイノーベーションの拠点です。施設名になっているNOVAREはイノベーションの起源のラテン語で「創作する、新しくする」という意味です。

温故創新の森『NOVARE』とはTOP_出典:清水建設株式会社『NOVARE』
出典:清水建設株式会社『NOVARE』

NOVAREは、5つのエリアからなる施設です。

温故創新の森 NOVARE 全景_出典:清水建設株式会社『NOVARE』
出典:清水建設株式会社『NOVARE』

<設計と製造のポイント>
●NOVARE Hub:入口を入るとまずこの施設で、オープンイノベーション中核施設でありNOVAREの管理機能をおく
●NOVARE Lab:清水建設の大型構造実験・建設ロボット実験・材料実験を行う
●NOVARE Academy:建築・土木・設備の実物大モックアップとデジタルラーニングゾーンを行う
●NOVARE Archives:清水建設歴史資料館
●旧渋沢邸:渋沢栄一が暮らし移設されていた青森県より移築、「温故」を示す象徴的な施設

今回はオープンイノベーションの拠点であるNOVARE HubとNOVARE Academy、旧渋沢邸外観を見学させていただきました。

NOVAREが意味するもの「意味性」

左:『NOVARE』DXエバンジェリスト 及川洋光氏 右:土橋美博(筆者)

左:『NOVARE』DXエバンジェリスト 及川洋光氏 右:土橋美博(筆者)

及川氏からは、初めに「利便性」と「意味性」の両立について言及されました。
私は、DXやAIによるデジタルエンジニアリングを考える時に、まず「仕事のやり方を変えることで効率化を図る」ことを、考えてきました。これは合理化・効率化による「利便性」を考えたもので、「役に立つ」ということが経験できるものでした。

「利便性」と「意味性」の両立が重要

及川氏から、こんな話がありました。

及川氏:

”お掃除ロボット”によって、掃除は手間を掛けずに簡単にできるようになりました。
このお掃除ロボットは、他のものよりももっと早くお掃除ができるようになったというような時短を求めるようなニーズを満たすものは日本企業ではなくても、海外の新興企業からどんどん出てくるでしょう。
これは「利便性」を追求するものです。

では、「掃除をする」ということにどんな「意味性」があるのか。
日本の学校教育では、「掃除の時間」があります。日本人は当たり前のように掃除の時間がありましたが、海外では学生・生徒が学校を掃除す習慣は少ないようです。
この掃除の時間という、日本の古き良き文化(温故)が海外に輸出されるようになっているそうです。
あらためて考えた場合、掃除の時間にどんな意味があるのでしょうか。
家で”お掃除ロボット”で掃除するだけではなくて、親子で掃除することにどんな意味があるのでしょうか。
これが「意味性」です。

「利便性」と「意味性」の両立が重要_従来は「役に立つ」が求められてきたが、これからは「意味がある」も重要になる-利便性:物事が簡単で手間をかけずに実行できること‐意味性:物事が重要で価値があると認識されること_出典:清水建設株式会社『NOVARE』
出典:清水建設株式会社『NOVARE』

従来は「役に立つ」が求められてきたが、これからは「意味がある」も重要になる

利便性:物事が簡単で手間をかけずに実行できること
意味性:物事が重要で価値があると認識されること

この”掃除する”ということの意味性の答えはひとつではなさそうです。自分できれいにすることの意識、管理する意識、責任感が芽生えることもありそうです。
この「意味性」は、実は「利便性」を図ろうとしていた時に考えているはずですが、ツールを導入する時に考えていないこともない場合もあるかもしれません。それ以上に、その目的が達成できた時の単純に「便利だ」と感じた先に、「こんなことが出来るようになった」「新たな可能性を発見した」という実感が得られることが重要になるのだと感じました。

利便性と意味性の両立‐建物、人、植物が対話する実例

及川氏から更に意味性の話としてNOVAREでの取り組み具体例の話がありました。

及川氏:

植物に水をあげるために、ロボットを使うということは「利便性」であって、植物と人が対話し、植物の気持ちを理解して水をあげることが「意味性」です。
この対話をしようとすれば、そこにはテーマがあります。
利便性:ロボットが植物に水をあげる_出典:清水建設株式会社『NOVARE』

利便性:ロボットが植物に水をあげる

出典:清水建設株式会社『NOVARE』

意味性:植物が「喉が渇いた」と教えてくれる_出典:清水建設株式会社『NOVARE』

意味性:植物が「喉が渇いた」と教えてくれる

出典:清水建設株式会社『NOVARE』

及川氏:

単純に、ロボットが植物に水を与えるということは、「自動的に水を供給する」という利便性を追求したものです。しかし、意味合いを深く考えるならば植物との対話によって、その状態をモニタリングし、「水を求めている」という状況を把握し、人が水を供給することが自然に感謝の気持ちを生む意味性があります。

ここには、及川氏の着眼点がありました。
植物の生命活動によって放出される電子から発電を行うもので、その発電によって、水分センサーと超省電力無線によって、「植物が水を欲しいと言っている」ことを知らせてあげるというものでした。

植物との対話_出典:清水建設株式会社『NOVARE』

植物との対話

出典:清水建設株式会社『NOVARE』

建物が「人と植物に寄り添い」、人と植物の対話を可能にすることで、自然への感謝や共感を深めます。

人と建物(設備)と植物は、こうして対話ができるようになるわけです。

植物発電(撮影:筆者)

植物発電(撮影:筆者)

この実験が、NOVARE Hubで行われ、「建物と対話する」ということが始まっています。

植物発電_植物と共存する微生物が生命活動をする際に、土や水の中で放出される電子を利用して発電しています。植物が育つ土壌や水辺に電極を挿しておくだけで電源がなくても、植物が元気に育つ環境があれば電力を得ることができる未来のエネルギーです。現在電圧は単三電池約本文の発電が可能です。_出典:清水建設株式会社『NOVARE』

植物発電

出典:清水建設株式会社『NOVARE』

植物発電
植物と共存する微生物が生命活動をする際に、土や水の中で放出される電子を利用して発電しています。植物が育つ土壌や水辺に電極を挿しておくだけで電源がなくても、植物が元気に育つ環境があれば電力を得ることができる未来のエネルギーです。現在電圧は単三電池約本文の発電が可能です。

大切なのは、建物との対話と建物が人に寄り添うという意味性

実証実験では、「建物が人に寄り添い、一人ひとりに最適な空調化された空調を提供する」ことも進められています。

NOVARE Hubの床には多くのフロアファンが設置されていました。
その場所にいる特定の人が、寒がりなのか?暑がりなのか?を、事前に登録することで、BLE(Bluetooth Low Energy)タグによって建物が人を個別に位置を認識して、個人が快適に感じる空間を制御するもので、ピクセルフロー(超個別空調システム)といわれています。

デジタルツイン ピクセルフロー(超個別空調システム)_出典:清水建設株式会社『NOVARE』

デジタルツイン ピクセルフロー(超個別空調システム)

出典:清水建設株式会社『NOVARE』

“床”という過酷な環境で使用する上で交換性を考慮した高価ではないファンが採用されています。
このピクセルフローの例は、単純に言ってしまえば、IoT(モノのインターネット)による仕組みで、快適性や省エネ性を求めた利便性ですが、大切なのは「建物と対話する」「建物が人に寄り添う」という意味性です。

NOVARE Hubはオープンイノベーションの拠点になっています。
植物発電ピクセルフローなどのアイデアや実証は、清水建設だけで行われているのではなく、他の企業との連携によって行われていることが、NOVARE Hubがオープンイノベーションの拠点であることを示しています。

木製の床材と床材に設置されたファンモータ(撮影 筆者)

木製の床材と床材に設置されたファンモータ(撮影 筆者)

オープンイノベーションとは

NOVARE Hub(撮影 筆者)

NOVARE Hub(撮影 筆者)

オープンイノベーションは自社だけではなく、他社や学校、公設機関の持つアイデア、サービス、ノウハウ、データ、知識を組合すことで、革新的なビジネスモデルや製品開発を行うイノベーションの方法のことをいいます。
イノベーションもまた、利用可能なリソースを組み合わせることで、これまでにない価値を創出することをいいますが、簡単には「企業間(産学官)の壁のない新しい価値の創出」といえます。

NOVARE Hubはこのコンセプトに基づいた考え方とその受け皿になる施設でさえ壁のないオープンな環境があり、産学共同プロジェクトやスタートアップ企業とのイノベーションが行われています。
当日も、オープンなスペースでディスカッションが行われている様子を見ることができました。そんなディスカッションでさえ、クローズドな環境ではないからこそ、目に触れることができるわけです。

ノーアドレスでイノベーションを生み出す

NOVAREでは、新しい働き方に挑戦しています。

NOVARE Hub_出典:清水建設株式会社『NOVARE』

NOVARE Hub

出典:清水建設株式会社『NOVARE』

清水建設は1987年に世界で初めて「フリーアドレス」という言葉を提唱し、実現してきました。NOVAREでは、オープンイノベーションを促進するため、「フリーアドレス」の先を行く、「ノーアドレス」という新しい働き方に挑戦しています。
ノーアドレスとは、椅子、机、植栽、本棚など、オフィスにあるものが全て可動式になっており、利用シーンに応じて自由に働く空間を自由に変えることができます。この新しい働き方である「ノーアドレス」には、イノベーションを生み出す「意味性」があります。

ノーアドレスの環境_出典:清水建設株式会社『NOVARE』
出典:清水建設株式会社『NOVARE』

未来を創造するアプローチ

及川氏より今回の訪問のポイントになる創出のアプローチについて話がありました。

及川氏:

従来のアプローチはほとんどが問題解決型といえるが、NOVAREが目指すものはありたい姿つまり創造から戦略を立てるというものです。
未来を創造するアプローチ:フォアキャスティング_ありたい姿と戦略「バックキャスティング」_出典:清水建設株式会社『NOVARE』

未来を創造するアプローチ

出典:清水建設株式会社『NOVARE』

私も考えるに、多くのアプローチは、ありたい姿と現実から問題を見出し、その課題を解決する「課題解決型」といえます。これはフォアキャスティングというものになります。しかしながら、及川氏が指摘するのは、現状を前提とせずに、描きたい将来を定義し、そのための戦略を立てることです。

イノベーションプロセス_出典:清水建設株式会社『NOVARE』イノベーションプロセス

イノベーションプロセス_出典:清水建設株式会社『NOVARE』イノベーションプロセス

出典:清水建設株式会社『NOVARE』

NOVAREは“ありたい姿”としてイノベーションがあり、そのための考え方が施設に浸透していました。
それが、DDRSプロセスというものであり、NOVARE Hubでこのプロセスが実施されています。

イノベーションを起こすための「DDRSプロセス」
(1) Discover(ディスカバー) :課題の発見
(2) Define(ディファイン) :仮説の立案
(3) Refine(リファイン) :検証と実践
(4) Scale(スケール) :社会実装

NOVAREではこれが実現できるマインドと環境が構築されています。

温故創新:過去からの学びとオープンイノベーションとの融合

30~50年後の近未来の「あるべき姿」を創出することを目的としたNOVAREは、ただ新しいモノを見ているだけではありませんでした。その象徴的なものが、NOVAREにある旧渋沢邸です。

旧渋沢邸(撮影 筆者)

旧渋沢邸(撮影 筆者)

旧渋沢邸はかつて二代 清水喜助が建築に関わったということからNOVAREが新設された際に青森県より移築されたとのことです。そこに「温故という意味性」があります。
歴史ある清水建設が創新を行う上では、「温故創新」すわなわち、先代達が築き上げてきた匠な技術や考え方などを再認識し、そこから新しい知識や見解を得ることを重要視しているということです。

デジタルツイン:多棟エネルギーマネジメントシステム「ネツノワ」

NOVAREのデジタルツイン、多棟エネルギーマネジメントシステム「ネツノワ」は、オープンイノベーションによって実現したものだと伺いました。しかし、このようなDXの事例とは異なり、趣のある旧渋沢邸を見ていると、これまでに培われてきた技術とオープンイノベーションが結びつき、「新しいものが創られていく」という意味を強く感じます。

デジタルツイン 多棟エネルギーマネジメントシステム「ネツノワ」_出典:清水建設株式会社『NOVARE』

デジタルツイン 多棟エネルギーマネジメントシステム「ネツノワ」

出典:清水建設株式会社『NOVARE』

まとめ

今回の訪問取材は一言では語りつくせないものとなりました。熱く語る及川氏の話は共感するものばかりです。
及川氏がDXエバンジェリストとして今目指すものは、ただ単に、仕事のやり方を変えることで効率的に仕事を行うというような「利便性」を求めるものではなく、その本質としての「意味性」を問うものでした。

今年度テーマにしてきたAIの可能性についてもその意味性を考えることが必要だと感じました。
建設業という私が経験してきていないところで行われているこの取り組みは、製造業に留まらず日本の様々な産業においても、「利便性を求めるだけではなく、意味性を問う」ことを目的とすれば、だれもが満足できるDXが実現できるはずです。
そこで生まれるイノベーションは誰もが共感するものになります。私もこれを目指していきます。

温故創新、意味性という言葉がとても印象的なものとなりました。