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SUS630とは?熱処理条件別の物性値から加工の注意点まで徹底解説


SUS630は、高強度と耐食性を兼ね備えた析出硬化系ステンレス鋼(17-4PH)です。設計・開発担当者がSUS630を使いこなすには、特性や加工上の注意点を理解しておかなければなりません。特に、最大の特長である「熱処理」で、強度と靭性をいかに制御できるのかもポイントです。

本記事では、SUS630とは何か、機械的・物理的特性、メリット・デメリット、具体的な用途例、さらに加工方法のポイントまで、わかりやすく解説します。材料選定を担う設計・開発担当者はぜひ最後までご覧ください。

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SUS630とは?

SUS630は、日本産業規格(JIS G 4303)で定められた析出硬化系ステンレス鋼の一種です。熱処理によって特性を大きく向上できる特長を持っています。SUS630の化学成分は以下のとおりで、クロムとニッケルに加えて銅やニオブを含有する特殊な合金です。

単位%

C Si Mn P S Ni Cr Cu その他
0.07以下 1.00以下 1.00以下 0.040以下 0.030以下 3.00~5.00 15.00~17.50 3.00~5.00 Nb 0.15~0.45

高温での固溶化熱処理後、比較的低温の析出硬化処理を施すことで、銅の微細粒子が析出して組織を硬化させ、極めて高い強度を発現します。

英語名の「17-4PH」は、この化学成分とPrecipitation Hardening(析出硬化)に由来します。マルテンサイト系の組織を持つため磁性があり、高強度とSUS304に次ぐ優れた耐食性を両立できることから、航空宇宙分野から精密機器まで広く利用されています。

SUS630とSUS304との比較

代表的なステンレス鋼SUS304の化学成分は以下のとおりです。

単位%

C Si Mn P S Ni Cr Mo Cu N
0.08以下 1.00以下 2.00以下 0.045以下 0.030以下 8.00~10.50 18.00~20.00

SUS630とSUS304の主な特性の違いを以下に示します。

強度 SUS630>SUS304

SUS630は析出硬化処理により引張強さ1,300N/mm2以上に達する。

SUS304は熱処理硬化ができないため、強度は劣る。

耐食性 SUS630<SUS304

一般的な環境では同等レベルであるものの、応力腐食割れのリスクはSUS304の方が低く安定している。

加工性や溶接性 SUS630<SUS304

延性に富むSUS304が優位。

磁性 SUS630>SUS304

SUS630が磁性を持つのに対し、SUS304は原則非磁性。

コスト SUS630>SUS304

SUS630は原材料に特殊元素を含み製造も難しいため、SUS304よりも価格は高め。

SUS630の特性

SUS630は熱処理条件によって特性が異なります。条件ごとに、以下のように記号が割り当てられています。

種類 記号 条件
固溶化熱処理 S 1020~1060℃で急冷
析出硬化処理 H900 470~490℃で急冷
H1025 540~560℃で急冷
H1075 570~590℃で急冷
H1150 610~630℃で急冷

※固溶化熱処理および析出硬化処理以外の熱処理が受渡当事者間で協定されることがある。

これらの条件を踏まえて、以下の3つの特性を見ていきましょう。

  • 機械的特性
  • 物理的特性
  • 耐食性

SUS630の機械的特性

SUS630の最大の特長は、熱処理によって機械的特性を幅広く調整できる点にあります。JIS G 4303では、SUS630の機械的特性は以下のように示されています。

熱処理記号 耐力 N/mm² 引張強さ N/mm² 伸び % 絞り % 硬さ HBW 硬さ HRC 硬さ HV
S 363以下 38以下 383以下
H900 1175以上 1310以上 10以上 40以上 375以上 40以上 396以上
H1025 1000以上 1070以上 12以上 45以上 331以上 35以上 350以上
H1075 860以上 1000以上 13以上 45以上 302以上 31以上 320以上
H1150 725以上 930以上 16以上 50以上 277以上 28以上 292以上

SUS630は固溶化処理のみの状態でも硬度がHRC38以下であり、比較的硬質です。析出硬化処理を行うとさらに硬化する一方で、伸びや絞りといった靭性はH900で10%以上、H1150では16%以上確保されています。このクラスの強度を持つ材料としては靭性も良好です。

SUS630の物理的性質

SUS630の主な物理的性質は以下のとおりです。

物性 単位
比重 7.78
熱膨張係数 ×10⁻⁶/K 10.8
熱伝導率 W/m・K 16.3
比熱 J/g・K 0.46
電気比抵抗 μΩ・cm 98
縦弾性係数

(ヤング率)

N/mm² 192,000
磁性

SUS630の比重はSUS304等と同程度であり、熱伝導性は純鉄や炭素鋼に比べると低めです。また、温度変化による寸法変化も一般的なステンレス鋼の範囲内です。

SUS630は析出硬化処理温度が比較的低温で行われるため、処理中の組織応力による歪みが小さく、大型部品や細長いシャフトでも熱処理後の寸法変化や変形が生じにくいという利点もあります。

SUS630の耐食性

SUS630はステンレス鋼であるため基本的に耐食性に優れ、錆びにくい材料です。オーステナイト系のSUS304ほど腐食環境耐性は高くないものの、純粋なマルテンサイト系鋼よりははるかに錆に強く、一般的な湿度環境や軽度の薬品環境下で十分な耐食性を示します。

海水のような高塩分環境では注意が必要ですが、それでも高強度を要する用途で腐食を気にせず使える点は大きなメリットです。ニオブの添加は耐食性の向上にも寄与しており、析出硬化系でありながら耐食性と高強度を両立しています。

SUS630のメリット

SUS630を部材として用いる主なメリットは以下のとおりです。

  • 熱処理による特性調整が可能
  • 高強度と靭性の両立
  • 耐食性に優れる

熱処理による特性調整が可能

SUS630が持つ最大のメリットは、熱処理条件によって機械的特性を調整できる点にあります。析出硬化処理の温度と時間を変えることで、ひとつの材料からさまざまな性能を引き出せます。たとえば、強度と硬さを求める場合は低温での析出硬化処理(H900)を行い、靭性や耐応力腐食割れ性を優先するのであれば、高温での析出硬化処理(H1150)を用いるといった調整が可能です。

強度と靭性のトレードオフ関係をコントロールできる点は、部品の要求性能に最適な状態を作り込めることを意味します。また、熱処理温度が比較的低温であるため、精密加工後の最終工程として熱処理を施しても寸法変化が小さく、高精度な部品製造にも適しています。

高強度と靭性の両立

SUS630はただ硬いだけではなく、粘り強さである靭性を高いレベルで両立させている材料です。一般的に、金属材料は強度を高めると脆くなる傾向がありますが、SUS630はH900処理で引張強さ1310N/mm²以上という高い強度を示しながら、破断に至るまでの変形のしやすさを示す伸びを10%以上確保しています。

これにより高荷重がかかる部品においても、突然の脆性破壊を起こすリスクが低減されます。さらに靭性が要求される用途では、H1150処理を選択すれば伸びを16%以上に向上させることも可能です。優れた強度と靭性のバランスが、航空機部品や金型など、極限の信頼性が求められる分野で採用される理由です。

耐食性に優れる

合金工具鋼や焼入れした炭素鋼の多くは、高強度ではあるものの錆びやすい弱点を抱えています。しかし、SUS630はステンレス鋼の一種であるため、素材そのものが優れた耐食性を有しています。防錆を目的としためっきや塗装処理を省略できるため、コスト削減や製造工程の簡略化が可能です。

耐食性レベルは代表的なSUS304とほぼ同等で、一般的な屋外環境や化学薬品に触れるような環境でも十分な性能を発揮します。錆びに強い高強度鋼という特性は、特に食品機械や化学プラント、海洋関連機器など、クリーンさやメンテナンス性が重視される分野で非常に価値があります。

SUS630のデメリット

溶接性への注意

SUS630の性能を維持しつつ、溶接を行うには厳格な工程管理が不可欠です。基本原則は「固溶化熱処理状態の柔らかい材料同士を溶接し、その後、部品全体を所定の条件で析出硬化処理する」ことです。

析出硬化処理で硬化した状態の部品を溶接すると、溶接熱によって熱影響部が軟化してしまい、その部分だけ強度が低下する原因となります。また、冷却過程で組織が変化し、割れが発生するリスクも高まります。

したがって、設計段階からなるべく溶接を必要としない構造を検討しましょう。やむを得ず溶接する場合は、溶接後の全体熱処理を製造工程に必ず組み込まなければなりません。

加工性が他ステンレス鋼に比べ劣る

SUS630は高強度・高硬度であるために、機械加工のしやすさ(被削性)が劣る点がデメリットです。熱処理前の固溶化熱処理状態ですらHRC38程度の硬さを持つため、切削時の抵抗が大きく、工具の摩耗が早くなります。

そのため加工の定石として、析出硬化処理前に荒加工から中仕上げまでを先に行い、熱処理後に研削や放電加工などで最終的な寸法に仕上げる手順が取られます。析出硬化処理後はHRC40以上に達し、切削加工は極めて困難になるため、加工順序の計画が非常に重要です。この加工の難しさが、他材料からの置き換えを検討する際の障壁となる場合もあります。

応力腐食割れのリスク

高強度のSUS630は、特定の条件下で「応力腐食割れ(SCC)」を起こすリスクを抱えています。SCCは、高い引張応力がかかった状態で、腐食環境(特に海水や塩素系薬品など、塩化物イオンが存在する環境)にさらされることで発生し、材料が脆性的に破壊に至る現象です。

特に、強度を最大化したH900処理状態はこのリスクが最も高まるため、より靭性の高いH1150などの高温析出硬化処理を施すことや、設計上の応力を低く抑えることで対策します。海洋構造物や化学プラントなど厳しい腐食環境で使用する場合は、このSCCリスクに注意しましょう。

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SUS630の用途

SUS630は、優れた機械的特性と耐食性から、高い信頼性が要求されるさまざまな産業分野の重要部品に採用されています。以下に、代表的な用途を産業別に示します。

産業 用途
航空機・宇宙産業 高強度と耐食性で着陸装置やエンジン部品・構造体に利用。軽量化と高い信頼性を両立し、安全な航行を支える。
石油・化学プラント 腐食性流体や高圧に耐えるバルブやポンプシャフト・

掘削装置部品などに採用。耐食性で設備の長寿命化に貢献。

精密機器・治工具 高硬度と寸法安定性で樹脂成形金型や精密シャフト・治工具に採用。耐摩耗性に優れ、製品の品質と寿命を向上させる。
自動車部品(高荷重部位) レース車両などのターボチャージャーのシャフトや高圧燃料ポンプ部品に使用。小型軽量化と過酷な環境での耐久性を実現。

SUS630の加工種類と設計ポイント

SUS630の優れた性能を最大限に引き出すには、その加工方法を正しく理解し、適切に管理することが不可欠です。主な加工種類ごとのポイントを以下にまとめます。

加工種類 ポイント
切削加工 SUS630は硬質で粘り強いため、難削材に分類される。熱処理後の加工は極めて困難なため、加工は必ず熱処理前(固溶化熱処理状態)に行い、熱処理後に研磨などで最終仕上げを行うのが基本。
溶接加工 溶接は固溶化熱処理状態の母材に行い、溶接後に部品全体を析出硬化処理するのが原則。硬化した状態での溶接は、強度低下や割れの原因となるため避ける。適切な溶加材と工程管理が不可欠。
熱処理と析出硬化 固溶化熱処理後、H900等の析出硬化処理で硬化させる。温度が低いH900ほど強度・硬さが最大になり、靭性や延性は低下する。析出硬化処理で収縮するため、精密加工では縮み代をあらかじめ見越して加工する必要がある。

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まとめ

SUS630は、高強度・優れた耐食性・熱処理による特性調整能力という、設計者にとって魅力的な三つの特性を高いレベルで両立させた高機能ステンレス鋼です。H900処理で得られる圧倒的な強度から、H1150処理で得られる優れた靭性まで、要求性能に応じて最適な状態を選択できます。

一方で、SUS630のポテンシャルを最大限に引き出すには、加工・溶接の難しさや応力腐食割れのリスクといった注意点を正しく理解しなければなりません。本記事で解説した特性とポイントを踏まえ、SUS630の性能を引き出し、製品設計にご活用ください。

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