熱硬化性樹脂は、熱可塑性樹脂に比べて種類や生産量が少なく、どちらかといえば「脇役」のような存在です。しかし実は、人類がはじめてつくった樹脂は、熱可塑性樹脂ではなく熱硬化性樹脂であることをご存じでしょうか。その人類最古の合成樹脂の名は、「ベークライト」です。
ベークライトは性能バランスの良い熱硬化性樹脂で、現在は樹脂に基材を織り交ぜた積層板の形で販売されています。先端材料分野をはじめとする独自の領域で活躍を続けるベークライトは、私たちの生活を影から支える樹脂ともいえるでしょう。
今回の記事では、ベークライトの種類や特徴、メリットやデメリット、用途などを解説します。
目次
ベークライトとは?
最初に、ベークライトの概要や種類について解説します。
ベークライトの概要
ベークライト(Bakelite)は、「フェノール樹脂」とよばれる熱硬化性樹脂です。工業的な用途では、紙や布に塗布して熱硬化させた板状の素材として知られています。それ以外では、接着剤や塗料、電気絶縁材料といった用途に活用されています。原料は、フェノールとホルムアルデヒドです。これらを酸または塩基触媒と共に、必要に応じて硬化剤などを加えて加熱することで、立体網目構造のベークライトが得られます。
ベークライトは、比較的安価でありながら耐熱性、強度、電気絶縁性などに優れた熱硬化性樹脂として、これまでさまざまな場面で使用されてきました。熱可塑性樹脂の登場により、その活躍の場は少しずつ変化してきたものの、新たな市場の要求に合わせて独自の進化を続けています。現在でも、ベークライトが持つ特性を生かした用途開発が進められており、今後も活用分野は広がると期待されています。
ベークライトの歴史
ベークライトの歴史を、かんたんに解説しましょう。ベークライトは、1872年にドイツのアドルフ・バイエルによってフェノール系染料の研究中に見いだされ、1907年にベルギー系アメリカ人のレオ・ヘンドリック・ベークランドによりその製法が特許出願されました。ベークランドは1910年、フェノール樹脂の工業生産を目的にベークライト社を設立し、自身の名前にちなんで商品名を「ベークライト」に設定。現在でも、この名称が一般的に使用されています。
ベークライトの種類
現在ベークライトは、樹脂単体ではなく、樹脂に基材(紙または布)を織り交ぜて成形した積層板として一般的に流通しています。これらは各基材に樹脂を塗布して熱硬化させる方法で製造されます。紙を基材とした積層板は「紙ベークライト」、布を基材とした積層板は「布ベークライト」とよばれます。各製品の特徴は以下の通りです。
紙ベークライト
ベークライトに紙を織り交ぜた製品で、布ベークライトに比べて安価(およそ半値)で軽い点が特徴です。電気絶縁性を目的とする場合は、紙ベークライトの使用が推奨されています。ただし、基材として紙を使用しているため、吸水性が高い点には注意が必要です。
布ベークライト
布を基材としたベークライトです。紙ベークライトに比べて機械的特性に優れるため、強度を目的とする場面でよく使用されます。一方で、紙ベークライトと同じく基材の吸水性が高いため、水分の少ない環境で使用する必要があります。
ベークライトの特徴
ベークライトには以下のようなメリットとデメリットがあります。
ベークライトのメリット
ベークライトには多くのメリットがありますが、代表的なものは以下の通りです。
耐熱性が高い
ベークライトは熱硬化性樹脂であるため、熱に強い点が大きな特徴です。耐熱温度は150~180℃と高く、高温でも強度が保たれます。
電気絶縁性に優れる
ベークライトは電気絶縁性が高いため、絶縁材料としてプリント基板や遮断器、配電盤塗料などに活用されています。
機械的強度が高い
機械的強度の高さも、ベークライトの大きなメリットです。特に、布ベークライトは紙ベークライトよりも強度が高く、耐衝撃性などが求められる用途には布ベークライトがよく使用されます。ただし、強度は基材(紙や布)の繊維の方向性に影響を受けるため、注意が必要です。
射出成形で加工できる
ベークライトを樹脂単体で成形する場合、熱可塑性樹脂と同じく射出成形による加工が可能です。硬化しない程度の温度(約50℃)にまでベークライトを加熱した後、金型に流し込み、150~180℃に加熱して硬化させます。
ベークライトのデメリット
ベークライトの使用時は、以下のデメリットに注意しましょう。
リサイクルが難しい
熱硬化性樹脂であるベークライトは、一度硬化させて成形した後は再形成できないため、リサイクルが難しいとされてきました。現在、住友ベークライトなどがベークライトのリサイクルに関する研究を進めています。
吸水性が高い
積層板として販売されているベークライトの内部には、基材として紙や布が含まれています。そのため吸水性が高く、水のある環境や湿度の高い環境での使用には向きません。
耐候性が低く、アルカリ系溶剤に弱い
ベークライトは紫外線に弱いため、屋外で使用する際には注意が必要です。また、アルカリに溶解しやすいという特徴もあります。
ベークライトのおもな用途
ベークライトは1907年に工業生産が開始されてから、食器やキッチン用品、ボタン、時計、アクセサリーといった私たちの身近な製品にも多く使用されてきました。しかしその後、ナイロンやフッ素樹脂をはじめとする多くの熱可塑性樹脂が発明され、成形性やコストなどの観点から、ベークライトの一部用途が熱可塑性樹脂に置き換えられていきます。今では、ベークライトそのものを製品として成形することは少なくなりました。しかし、ベークライトが持つ独自の性質を生かして、現在でもさまざまな用途展開が進められています。
たとえばベークライトは、優れた電気絶縁性を生かしてプリント基板や配電盤、遮断器などに使用されています。プリント基板は、パソコンやタブレットのようなIT機器だけでなく、現在の電化製品には欠かせないものです。そのため電気を使用するあらゆる分野でベークライトが使われているといっても過言ではありません。また、接着剤やシェルモールド材、塗料としても有用です。例えば、鋳造用の砂型や3Dプリンター用材料のバインダーなどにも、ベークライトが接着剤として使用されています。さらに、アルカリへの溶解性や200~300nmの光を吸収する特性を生かして、フォトレジスト材料としても使用されます。これら以外にも、金属代替部品、リチウムイオン電池の負極材、医薬用活性炭原料など、さまざまな分野の高機能材料として活用が進んでいます。2010年に小惑星「イトカワ」からサンプルを持ち帰ったカプセルの断熱材材料にも、ベークライトが使用されました。
まとめ
ベークライトは、100年以上前に開発された世界初の合成樹脂で、フェノール樹脂ともよばれます。比較的安価でありながら耐熱性、強度、電気絶縁性などに優れた、性能バランスのいい熱硬化性樹脂です。現在は樹脂単体ではなく、樹脂に基材(紙または布)を織り交ぜて成形した積層板として流通しています。
耐熱性や電気絶縁性に優れる点、強度が高い点、射出成形で加工できる点などは、ベークライトのメリットです。一方で、リサイクルが難しい、吸水性が高い、紫外線に弱いといったデメリットもあります。
ベークライトは現在、プリント基板や配電盤、接着剤や塗料、フォトレジスト材料、リチウムイオン電池の負極剤など、さまざまな場面で使用されています。その用途開発は、今後も進むことでしょう。