世界ではこれまで、プラスチックを含むさまざまな合成樹脂が開発されてきました。なかでもABS樹脂は、3種類のモノマーを組み合わせてつくられる、機能バランスのいい素材です。非常に汎用性が高く、家電製品や自動車、家具や建材など、世の中の幅広い製品に活用されています。加工性やデザイン性が高い、成分を工夫して所望の特性を付与できる、といった特徴を持つABS樹脂ですが、耐熱温度や劣化などを理解した上で用途に適しているかどうか、判断する必要があります。
今回の記事では、ABS樹脂の概要や特徴、似た用途に使用されるほかの樹脂との違いなどを解説します。
目次
ABS樹脂とは?
ABS樹脂は、アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン樹脂という別名が示すように、アクリロニトリル(A)、ブタジエン(B)、スチレン(S)という3種類のモノマーを使って作られる熱可塑性樹脂です。
アクリロニトリル、ブタジエン、スチレンには、それぞれ以下のような特徴があります。つまりABS樹脂は、以下の特性を合わせもつ樹脂なのです。さらに、各モノマーの比率や結合方法を変えれば、さまざまな特性のABS樹脂を製造できます。
アクリロニトリル:耐熱性、機械的強度(剛性)、耐油性
ブタジエン:耐衝撃性(ゴムの特性)
スチレン:光沢性、成形性(加工性)、寸法安定性
ABS樹脂の歴史は古く、1954年にアメリカのUS Rubber社で製品化されたのがはじまりです。製法としては、ポリブタジエンの存在下でスチレンとアクリロニトリルを共重合する方法(グラフト型)や、スチレン・アクリロニトリル共重合体にアクリルニトリル・ブタジエン共重合体をブレンドする方法(ブレンド型)があります。ABS樹脂はさまざまな機械的特徴をバランスよく有しており、見た目も美しいため、汎用的なプラスチック素材としてさまざまな場面で活用されています。需要も世界的に伸びており、現代生活に欠かせない材料だといえるでしょう。
ABS樹脂の特徴
ABS樹脂にはどのような特徴があるのでしょうか。メリットとデメリットを解説します。
ABS樹脂のメリット
耐熱温度が高く熱に強い
ABS樹脂の耐熱温度は70~100℃程で、ポリエチレンやポリスチレンなどと同程度です。耐熱性が特別高いわけではありませんが、一般的な用途で使用する分には十分だといえるでしょう。
外部からの衝撃に強い
ABS樹脂はブタジエンを含むため、ゴムのような耐衝撃性を示します。
用途に合わせて柔軟に加工できる
ABS樹脂は加工性がよく、射出成形や押出成形、カレンダー加工、真空成形など、さまざまな方法で成形できます。さらには、切削や接着、溶着、各種表面処理(めっきや塗装)なども可能です。最近では加工性のよさを活かして、3Dプリンター用の材料としても活用されています。
デザイン性が高い
ABS樹脂は、表面の光沢性や着色性にすぐれています。そのため、ABS樹脂を使えば製品のデザイン性を高めることが可能です。ABS樹脂を射出成形して、塗装なしで表面をピアノブラック調(黒い光沢のある状態)に仕上げる技術も存在します。
成分を追加または変更して、さまざまな特性を付与できる
既存成分(アクリロニトリル、ブタジエン、スチレン)以外の成分を加えたり、既存成分の一部を別の成分と入れ替えたりすることで、さまざまなABS樹脂をつくり出せます。たとえば、ガラス繊維を加えて剛性を強化した「強化ABS樹脂」や、ブタジエンのかわりに塩素化ポリエチレンを使用した「ACS樹脂」などが知られています。
ABS樹脂のデメリット
耐候性が低く劣化しやすい
ABS樹脂は耐候性が低く、太陽光に長時間さらされると変色や光沢劣化が起こります。そのため、屋外など、強い紫外線に長時間さらされる場所では使用しないようにしましょう。最近は、表面加工や紫外線吸収剤の添加などによって耐候性を向上させたABS樹脂も登場しています。
有機溶剤に弱い
ABS樹脂は、耐薬品性がそこまで高くありません。特に有機溶剤には弱く、有機溶剤が内部にしみこむと劣化してもろくなる場合があります。
燃えやすい
可燃性を示す点はABS樹脂のデメリットです。炎にさらされると、ススと特異臭を出しながら燃えてしまいます。近年では、さまざまな難燃剤を加えて燃えにくくしたABS樹脂も存在します。
ABS樹脂の用途
ABS樹脂は特性をバランスよく示し、加工方法も多様なため、身の回りのさまざまな製品に使われています。以下は用途の一例です。
家電製品
テレビ、冷蔵庫、洗濯機、掃除機、扇風機、ドライヤー、エアコンなどの部品
自動車などの車両
フロントグリル、ラジエーターグリル、インストルメントパネル、ドアパネル、フロントカバー、ランプカバー、コンソールボックス、その他内装部品など
一般機器
プリンター、複写機、パソコン、電話機、ファックスなどの部品
その他
家具、建材、住宅用品、文房具、おもちゃ、キャリーケース、スーツケース、アタッシュケース、ヘルメット、楽器、雑貨、食卓用品、3Dプリンター用材料など
切削としてABS樹脂を使用する場合
ABS樹脂は切削加工を施して使うこともできます。例えば板状の素材に対し上下面フライス加工や6面フライス加工を施して面の精度を上げ、それを元に切削加工を行うこともできます。他にも、ネジを通す穴を開けたり、円形のプレート状に加工できます。
切削加工したABSは機器のパーツや外装などの製品として使用されます。また、本来は射出成形を行う製品の試作としてブロックから切削で切り出す場合もあります。
ABS樹脂とポリカーボネートの違い
キャリーケースやスーツケースには、ABS樹脂のほかにポリカーボネートもよく使われています。ポリカーボネートはポリエステルの一種で、耐衝撃性や光沢性、耐熱性、電気的特性、耐候性などにすぐれた熱可塑性樹脂です。
ABS樹脂とポリカーボネートには、どのような違いがあるのでしょうか。以下で比較してみましょう。
耐熱性
耐熱温度はABS樹脂が70~100℃程度、ポリカーボネートが120~130℃程度です。そのため、ポリカーボネートの方が熱に強く、より高温でも使用できます。また、ポリカーボネートは低温特性もすぐれており、-100℃程度までは耐えられます。低温から高温までの広い温度範囲で使用できる点が、ポリカーボネートの特徴だといえるでしょう。
耐衝撃性
ポリカーボネートの最も注目すべき特徴が、耐衝撃性です。ポリカーボネートの耐衝撃性はプラスチックのなかでも最高レベルで、ABS樹脂の数倍にもなります。そのためポリカーボネートは、防弾材料として、防弾ガラスやライオットシールド(警察や軍隊が使用する盾)、軍用ゴーグル、自動車部品などに活用されています。ただし、ポリカーボネートの表面はあまり硬くないため、傷が付きやすい点には注意が必要です。
耐薬品性
ABS樹脂は、有機溶剤や強酸、強アルカリにさらされると劣化します。一方のポリカーボネートも、有機溶剤やアルカリには弱いことが知られています。どちらの樹脂も、耐薬品性はそこまで高くありません。
可燃性
ABS樹脂は可燃性で、高温の炎にさらされると燃えてしまいます。一方、ポリカーボネートは自己消火性で、炎などの熱源を離せば自然と燃焼がおさまります。以上の理由から、ポリカーボネートの方が燃えにくく、火災のリスクが少ないといえるでしょう。
まとめ
ABS樹脂は、アクリロニトリル(A)、ブタジエン(B)、スチレン(S)という3種類のモノマーから構成される熱可塑性樹脂です。各構成成分の性質を合わせもつため、機械的特徴のバランスがよく、さまざまな用途に活用されています。
ABS樹脂には、熱や衝撃に強い、加工性がいい、デザイン性が高いといったメリットがあります。各モノマーの比率や結合方法を変えて、さまざまな特性を付与することも可能です。一方で、耐候性が低い、有機溶剤に弱い、燃えやすいといった点はデメリットです。
ABS樹脂と似た用途に使用される樹脂に、ポリカーボネートがあります。ABS樹脂の耐熱性、耐衝撃性、難燃性はポリカーボネートに劣りますが、アルカリに対する耐性はABS樹脂の方がすぐれています。