プロフェッショナル連載記事 開発現場でプロジェクトマネジメント力を極める

製造業における製品開発業務の高性能化・自動化に伴う分業化と、そのメリット・デメリット

製品市場のグローバル化や消費者の趣味趣向が多様化することにより、高性能で特徴的な製品が求められるようになっています。企業では、市場で評価される製品を限られた人員で効率よく開発を進めるために、業務の細分化・分業化を加速しています。

私は、自動車業界で働くエンジニアとして、ハードウェアとソフトウェア、両方の開発に携わっています。実際にエンジニアとして働く中で、ここ数年は業務の細分化・分業化による課題を感じています。

この記事では、製品の変化により分業化が加速している現状について確認し、分業化が進むことのメリット・デメリットを整理します。

製品の高性能化・自動化に伴う分業化の加速

私が働いている自動車業界は、100年に一度の大変革期と呼ばれています。特に、CASEとよばれる領域の開発には、従来自動車業界に所属していた企業だけでなく、IT企業や電機業界の企業など多くの企業が参入しています。

CASE

  • Connected(コネクティッド)
  • Autonomous/Automated(自動化)
  • Shared(シェアリング)
  • Electric(電動化)

部品の電子制御化と工場の自動化

CASE領域の技術革新を実現するためには、部品の電子制御化が必要不可欠です。従来は、ハードウェアの組み合わせにより構成されていた部品でも、ソフトウェアと組み合わせる機会が増えています。

また、自動車やその構成部品の生産工場では、自動化が進められています。自動化を推進する目的は、労働力不足解消や生産の効率化、品質の向上などの実現です。ここでも、センサーやソフトウェアなどを活用することで、自動化を実現しています。

技術領域の拡大に伴う製品開発の分業体制とは

このように、1つの製品を開発・生産するために必要な技術の領域は、拡大し続けています。一人のエンジニアがカバーできる技術領域の幅や深さには限界があるため、分業化するのが一般的です。

製品開発の分業体制とは、製品開発を複数人で分担する体制です。技術領域が拡大し、さらにそれぞれの領域で深い知識や経験が求められることから、従来よりも細分化した分業体制が構築されることが増えています。

分業化には、扱う範囲を限定できるというメリットはあるものの、デメリットもあります。異なる業務担当同士の正式な取り交わし書類の一つが、製品の要求仕様書です。分業化が進むと、要求仕様書を取り交わす機会が増大します。

エンジニアの中には受領した製品の要求仕様を満足する設計はできるものの、その要求仕様の成り立ちや妥当性を把握できていない人もいるのではないでしょうか?

要求仕様さえ満たせれば、与えられた業務における最低限の責任は果たせています。しかし、それだけでは競争力のある製品開発の実現に不十分な場合があります。また、自身のキャリアを構築する際にも中途半端になるでしょう。

他にも分業化には、さまざまなメリット・デメリットがあります。

分業化のメリットと事例

では、一つの製品を開発するために必要な技術領域を細分化・分業化することによるメリットには、どのようなものがあるのでしょうか。

専門性を高め技術の深堀りができる

製品開発において、分業化を進めれば進めるほど一人の社員が担当すべき業務の範囲は狭くなります。限られた時間の中で扱う業務範囲が狭くなれば、その範囲において深堀りを行い、専門性を高めていくことが可能です。

専門性の高い得意分野を持っておくことで、他社よりも優れた製品開発を実現できる可能性があります。また、一人のエンジニアとしてのキャリアを考えた場合、明確に強みと言える分野ができるため、市場価値を高められるでしょう。

例えば、ハードウェアとソフトウェアを組み合わせた製品を開発する場合を考えます。一人のエンジニアがその両方の技術領域を担当する場合、身に付けるべき技術は多岐にわたるため、必要最低限の技術しか身に付けられません。

ハードウェアとソフトウェアで分業すれば、必要な技術範囲を絞りそれぞれの範囲において専門性を高めることが可能です。

各自の担当範囲が明確になる

製品開発における担当範囲が広く業務が多岐にわたる場合、何をどの順番で進めるか決めるために、多くの時間が必要です。領域が異なる場合、優先順位の判断が難しいことが大きな要因と考えられます。

分業を行うことで担当範囲を絞れるため、仮にその範囲内で優先順位付けをしなければいけない場合でも、関連性が高いため判断しやすいでしょう。優先順位の判断に必要な時間を減らせば、その時間で業務を進めることが可能です。

特に、マルチタスクが苦手で一つの業務に集中した方が成果を出せるタイプの人は、分業化がおすすめです。業務範囲を絞ることでマルチタスクになる可能性を減らせるため、従来よりも成果を出せる可能性が高いでしょう。

分業化のデメリットと事例

分業化には大きなメリットがありますが、デメリットも多くあるため判断は慎重に行う必要があります。中には、分業化する際に見落としがちな問題もあるため、ここで代表的なデメリットを整理します。

全体最適が必要な製品でも部分最適になりがち

複雑化された製品を開発する際には、製品として優れた性能を実現するために全体最適を考えることが必要です。しかし、分業化を進めると各々が担当範囲の部分最適を優先してしまい、全体最適とならない場合があります。

部分最適を追求した場合、製品を組み合わせる際に干渉を起こすことがあります。例えば、製品の作動応答性と作動音など背反となる特性の設計担当が分かれている場合、それぞれの部分最適値を両立する解を見つけることはできません。

このように、分業化を進めた場合でも両立できない部分は、組み合わせた場合のことを考えながら担当範囲の仕事に取り組むことが重要です。

プロジェクトマネジメント業務の増加

複雑で関係者の多い製品をスムーズに開発するためには、全体を見てバランスを取るプロジェクトマネジメント業務が必要不可欠です。細かく分業化された製品の開発において部分最適を解消するためにはプロジェクトマネージャーが調整すべき業務が増え、負荷が高くなります。

分業する際には、仕事の内容・範囲を明確にし、それを担当者に振り分ける必要があります。しかし、必要な仕事をすべて抽出し、完璧に割り振るのは難しいです。細分化すればするほど、担当が曖昧な仕事が生まれてしまいます。

この曖昧な業務をいかに減らすかが重要であり、そのためには全体を広く理解し、調整業務を得意とするプロジェクトマネージャーが必要です。

属人化により業務標準化が進まない

限られた人員の中で分業化を進めると、特定の業務を一人だけで進めることが多くなり属人化が進んでしまう可能性が高いです。属人化が進むと、何かトラブルがあった場合に他の人がその業務をカバーすることができず、仕事が進まなくなってしまいます。

日本は欧米や中国に比べると転職が盛んではありません。しかし、最近は多様な働き方が選択できるようになり、従来に比べると転職は増えてきています。また、育休の取得も推進されており、一定期間社員が不在になる可能性は高い状態です。

担当者が仕事を進めながらマニュアルを作れば、業務標準化を進めることは可能です。しかし業務負荷が高い状況では優先順位が下がってしまい、属人化を解消できずにいざというときに困る状況が継続してしまいます。

まとめ

製品の高機能化・自動化が進むことで、製品開発に必要な技術領域が広まり、製品開発は複雑になってきています。分業を進めることで、一人ひとりが担当する仕事をシンプルにできますが、デメリットも大きいです。

全体を調整するプロジェクトマネジメント業務や業務の抜け漏れの増加に加え、属人化を解消できない可能性が高くなります。分業を進める場合には、これらのデメリットがあることを把握し、解消するためのアイディアを持っておくことが重要です。

次回の記事では、分業化・細分化によるデメリットを解消するための提案を紹介します。