プロフェッショナル連載記事 開発現場でプロジェクトマネジメント力を極める

モチベーション理論をチームマネジメントに導入し、設計プロジェクト業務に活かす

プロジェクトを円滑に進めるためには、部署や課のような機能別組織とは別にプロジェクトチームが構成されることがあります。難易度の高いプロジェクトを成功に導くためには、チームメンバーのマネジメントが必要不可欠です。
メンバーのマネジメントにはさまざまな手法があり、その一つに「マズローの欲求5段階説」に代表されるモチベーション理論があります。今回は、モチベーション理論をチームメンバーのマネジメントにどう活かすか、また設計業務にどう活かすかについて解説します。

プロジェクトマネジメントにおけるチームメンバー個々のマネジメントの重要性

製造業のプロジェクトは、製品開発に必要な技術レベルの向上や開発期間の短縮によって、難易度が高くなり続けています。プロジェクトをうまく進めていくためには、メンバー個々の業務の質向上とメンバー間の連携が必要不可欠です。
一方で、プロジェクトの難易度向上や過度な短期開発は、メンバーへの負荷が高いため、モチベーションの低下に繋がる可能性があります。状況や対象に合わせたモチベーションのマネジメントに取り組むことで、個々のモチベーション向上や大きな成果に繋げられます。
プロジェクトを成功に導くだけでなく、メンバーがそれぞれ成長できるようなマネジメントを意識して行うことが重要です。

モチベーション理論を活用したチームマネジメント

メンバー個々の成長と高い難易度のプロジェクトの成功を両立するためには、モチベーション理論の活用が効果的です。実際にモチベーション理論の考え方を適用しているマネージャーでも、理論を把握した上で意識的に取り組んでいる人は多くはないでしょう。
そこで、もっとも代表的な理論であるマズローの欲求5段階説を解説し、その上で製造業のプロジェクト管理に活かせる3つの理論と活用方法について紹介します。
今回紹介するもの以外には、公平理論や認知的評価理論、未成熟・成熟理論などのモチベーション理論がチームマネジメントに活用できるでしょう。

マズローの欲求5段階説

マズローの欲求5段階説はアメリカの心理学者であるマズローが提唱した説で、人々が持つ欲求を以下の5つに分類しました。低次の欲求をある程度満たすことで、より高次の欲求が出現するという考えです。

  1. 生理的欲求:本能的に必要な水・食物・睡眠などに対する欲求
  2. 安全欲求:安全や安心を求め、危険や恐怖を回避したいという欲求
  3. 社会的欲求:集団への所属や連帯感、愛情や友情などを求める欲求
  4. 自尊の欲求:人々から認められたい、尊敬されたいという欲求
  5. 自己実現欲求:自己の可能性や能力を発揮し、チャレンジしたいとする欲求

現代は、生理的欲求や安全欲求といった低次の欲求は満たされている場合が多く、高次の欲求をいかに満たすかが重要です。以降は、マズローの欲求5段階説と関連付けながら解説します。

マクレガーのX理論・Y理論を状況に応じて使い分ける

刻々と状況が変化する中で、そのときの状況や相手によってマネジメント方法を切り替える際には、マクレガーのX理論・Y理論が参考になります。

マクレガーのX理論・Y理論とは?

X理論・Y理論は、アメリカの経営学者であるマクレガーが提唱した理論です。
X理論とは、「人間は本来仕事が嫌いであり、仕事をさせるためには命令や強制が必要である。」という性悪説に基づいた理論です。組織目標を達成するための行動を促すためには、強制や統制、命令、処罰などの脅迫状態が必要と考えています。
一方でY理論とは、「仕事をするのは人間の本性で、自分で設定した目標に対し積極的に行動する」という性善説に基づいた理論です。人は、条件によっては進んで責任を取ろうとし、創意工夫する能力を持っていると考えています。
マズローの欲求5段階説における自尊の欲求や自己実現欲求といった高次の欲求を満たすためには、Y理論に基づいた目標管理による動機付けを行うことが望ましいとされています。

業務経験の程度によりX理論とY理論を使い分ける

X理論・Y理論を設計開発の現場で活用する場合、業務経験の程度によって使い分けるのが効果的です。
X理論は本来、性悪説に基づいて努力しないという考え方ですが、ここでは独力でうまく仕事を進められない状況を想定します。具体的には業務経験が浅いメンバー、例えば新入社員や異動したばかりの人に適しています。
まずは設計・開発業務の中でも、手法が確立されマニュアルに基づいて行える業務を行うことが多いでしょう。うまくマニュアル通りにできないことを想定し、チェック体制を構築したり、細かく指導したりといったアプローチが効果的です。
Y理論は、業務経験をある程度積み主体的に動けるメンバーへの対応に適しています。細かく指導するのではなく、ある程度任せることでモチベーションを引き出すことが可能です。
例えば、新たな機能の開発や顧客の出方に応じた折衝業務など、手順が決まっていない業務において裁量権を与え仕事を任せることで、どうすれば成果に繋がるか自ら考えて行動するようになるでしょう。

ハーズバーグの2要因理論で積極性を引き出す

部下の積極性を減退させずにうまく引き出す場合には、ハーズバーグの2要因理論が参考になるでしょう。

ハーズバーグの2要因理論とは?

ハーズバーグの2要因理論は、人の仕事に対する欲求を衛生要因と動機付け要因に整理した理論です。
衛生要因は、働く意欲の減退を防ぐための予防的要因であり、職場の方針や給与、人間関係などの職務環境に付随します。マズローの欲求5段階説に置き換えると、生理的欲求、安全欲求、社会的欲求にあたります。衛生要因が満たされないとメンバーのモチベーションが低下するため、衛生要因の満足は必要不可欠です。
動機付け要因は、メンバーの心理的成長や自己実現欲求を満たし、積極的な態度を引き出します。マズローの欲求5段階説に置き換えると、自尊の欲求や自己実現欲求にあたります。
モチベーションを高い状態で維持するためには、衛生要因よりも動機付け要因を重視すべきで、特に職務充実を目指すことが重要です。職務充実とは、任せる仕事の質の高度化や仕事を任せる範囲・権限の拡大を行うといいでしょう。

モチベーション低下を防ぐ環境の構築とモチベーション向上の動機付け

働くうえで衛生要因が満たされないとモチベーション低下に繋がるため、同業他社同等の給与や働きやすい職場環境の構築は必要不可欠です。
例えば、製造工程での温度や騒音といった環境、設計開発現場では出張の多さやメンバー間の人間関係などには、十分配慮が必要です。衛生要因を満足したうえで、モチベーションの向上や部下の積極性を引き出すために、動機付けを行います。
動機付けに効果的なジョブエンリッチメント(職務充実)として、今まで作業のみだった人に計画作成を任せるなどの事例が挙げられます。具体的には、マニュアルに基づいて展開業務を行っていたメンバーに、その知識を生かせる新たな製品開発業務の一部を任せるなどの機会創出などが考えられるでしょう。
収集すべき情報や考慮すべき課題は増えますが、「期待されている」、「任されている」と感じることでモチベーション向上に繋がります。実際には、最初からうまくできないことも多いため、サポートが必要です。失敗によるモチベーション低下に注意すべきです。

ロックの目標設定理論でモチベーションを高める

目標達成に向けた部下のモチベーション向上を実現するためには、ロックの目標設定理論が効果的です。

ロックの目標設定理論とは?

ロックの目標設定理論は、マズローの欲求5段階説における自尊の欲求や自己実現欲求といった、高次の欲求を満たすために効果的な理論の一つです。
ロックの目標達成理論では、メンバーが目標達成に向けた高いモチベーションを持つためには「目標設定の機会」に加えて、「目標を受け入れる」ことが必要だとしています。
目標の内容については、難易度が低い目標よりも高い目標の方が。また曖昧な目標よりも明確な目標の方が、モチベーションが高まりやすいということが知られています。
さらに、一方的に与えられた目標は本人の思いとはずれている可能性があり、納得することが難しい場合があります。上司から指示された目標よりも、本人が目標設定の場に参加した方が、目標を受け入れやすくなるでしょう。

プロジェクトメンバーと一緒に目標設定することで業績を高める

ロックの目標設定理論によると、高いモチベーションを維持するためには、「より高い難易度の明確な目標」を、「メンバーと一緒に設定すること」が重要とされています。
上司は、各メンバーに期待を持っていますが、それを目標の形で一方的に伝えるとメンバーは十分に期待値や目標の内容について理解しきれない場合があります。
そこで、目標設定をする際には一方的に決定するのではなく、上司からの期待値やメンバーの考えを共有する場を持つといいでしょう。その中で、できるだけ高い、数値で表現できる明確な目標を設定することが重要です。
設定する目標の例としては、「新製品の開発に繋がる特許を10件以上出願する」、「後工程への仕様発行期限超過を0件にする」、「前の期よりもある業務に必要な工数を30%削減する」のように、業務に合わせた内容で数値を盛り込むといいでしょう。
現場で行う業務の場合には、そもそも目標設定をメンバーと一緒に行う文化がない場合もあるため、状況に応じて新たに文化を構築するところから始める必要があります。

まとめ

難易度の高いプロジェクトをうまく進めるためには、チームメンバーのモチベーション向上を引き出すマネジメントが必要不可欠です。理論の内容を知らずに実践できている人もいるかもしれませんが、モチベーション理論の内容やポイントを把握した上で取り組む方が効果的です。
今回紹介した理論以外にもさまざまなものがあるため、プロジェクトチームの状況に合わせて効果がありそうなものを選択し、実際に取り組んでみてください。
また、これらの理論は上司だけが理解しておけばいいわけではありません。部下、構成メンバーの立場としても理論を把握していることで、上司との関係を築きやすくなるでしょう。